■一般の部
 

ようやく上向きになった日本経済に対する試練なのか、浅間山噴火・台風・新潟地震と天変地異に見舞われた2004年だった。自然の脅威だけではなく、戦渦の治まりそうにもないイラク。緊張高まるアジア情勢。見渡せば安閑としていられるはずもないのだが、海外旅行や滞在が飛躍的に自由になった今、思い立って気軽に語学留学・長期滞在することはたやすい。
しかし、仕事や生活の基盤を移すと直面することになるのが「そこにあって当たり前のもの」から切り離されることだ。子供の頃、ごく普通にあったご近所のお世話・お助けネットワーク。ことさら気にかけなくても維持できた家族のイベントや絆。それが海外で暮らすと「守るべきもの」や「創り出すもの」に変わる。そこから新しい一歩を踏み出して世界が開けるのであるが、日本に暮らし続けていると、余計な摩擦を起こさぬよう、ものごとが滞りなく進むよう神経を使う。しかし、日本では当たり前のようでも海外ではそのような消極的な態度でいると何も生まれてこない。誕生日でさえ自主企画・自主運営でなければ祝う事ができないのがドイツなのだ。誰かにしてもらうことを待っていればいつまでたっても何も起こらない。(「誕生日パーティー」)肝心なのは一歩を踏み出す勇気であることを思い知らされる。(「友達が出来た!」)
家族・友人・文化の時間・家族のイベントが多い分、家族の絆が強くなるが、故郷はどこにあるのか?それはお母さんのいるところ、だという作品(「私の『お母さん』のいる国」)には海外で暮らすすべての人が内なる故郷を抱きつつ、新しい生活を創造しているのだ、と実感できる。
均質的なモノカルチャーの中で恵まれて育った世代は、真面目で純粋な分、多彩な価値観・生き方に気づくのが遅く、あって当たり前のものから切り離される不安も尽きない。しかし、昔よりはるかに海外の知識も情報もあり、語学力も仕事もあるのだ。多分、足りないのは生活者としての能力だ。人とかかわる技術といってもいいだろう。しかし、反面、気づいたときのショックとインパクトは強い。貧しくても他人を気にかけてる心の余裕に触れたとき、自分に足りないものが見えてくる。(「心の余裕」)
今回数多く寄せられたエッセイの中で最年少の16歳の戸谷花菜さんの「音楽の花」には、日本でミスをしないよう、競争と練習で造花のように干からびていた音楽を心から楽しむことの大切さが感動的に描かれていて、根付いて花開く予感を感じさせてくれた。
2005年が未来に大きく羽ばたく足がかりの年であるよう祈ってやまない。


■ 最優秀賞 ■
はっはっはーの母
吉田邦子(モロッコ)

海外生活の極意とは、生活上手になることだ。身構えていては受け入れることも溶け込むことも出来ない。そんな両極端が目に浮かぶ作品だ。語学も知識も情報も、生活力に裏打ちされての事だ。現地の人との交流ではない作品を選んだのには、作者も言うように「海外生活の極意」が描かれているからだ。ゆっくりと緊張がほぐれていくようなこの作品である。


■ 優秀賞 ■
バイリンガルへの道
佐藤洋(イギリス)

娘と日本語で話したいがために紙芝居をするパパ。微笑ましくも切実である。日本語も日本文化も維持し続けるのにどれほど膨大なエネルギーが必要なのか、いつまで続くかわからないといいつつ父と娘にとっては短くも美しい時間。絆がつながるのは言葉だけではない。ともに過ごす時間が宝なのだと、仕事にかまけて宝を見失っている父親たちに読ませたい。


■ 優秀賞 ■
職場体験を通して学んだこと
-聴こえる世界と聴こえない世界-
矢部愛子(イギリス)

外界と隔てているものは、心のバリアー。自分と異なる世界に一歩踏み込む勇気と、出会いの素晴らしさ。バリアーを乗り越えた輝きに溢れる作品だ。自分の未来が見つかったとき、初めて人はどんな困難にも打ち勝つ勇気が持てる。目標を持てた人の強さだ。サナギから蝶に変身した作者の未来がどのように拓(ひら)けるのか、今から楽しみである。

 
■小中学生の部
 

子供たちの綴るエッセイには根源的な問いかけがある。自分の故郷はどこなのか、日本人であることとはどういうことか、どんな将来像を描くのか、等等。海外に暮らして日々、日本人であることを外から指摘され、内なる日本にはリアリティが伴わず、葛藤しつつ大きく成長していく姿には、複数の根を持つことでより大きく高く育つ木のような未来が垣間見える。
6歳から16歳までの多感な成長期にある子供たちの作品を読んでいると、成長の過程が鮮やかに浮かび上がる。夢と共生している小学生。自我が芽生えて他人の目に自分を映し出そうとする中学生。しかし、共通なのは、常に内なる日本と生活する外国、という二本柱であることだ。
大きくなったら、と夢が膨らむ「すてきなぼく場を作ろう」や大好きなおばあちゃんの死を精一杯受け止めた「ぼくの大好きなおばあちゃん」には、体験を夢や希望に変える芽吹きの勢いを感じた。また、自分のアイデンティティを模索する「僕はドイツの日本人」や「私の故郷探し」など、日々の暮らしの中で体験する多様な文化を複層的に取り込んで育つ姿には、豊かな実りをもたらす未来を祈りたい。
思春期の多感な心の揺らぎ、友だちとの出会いと別れ、ちがいのすばらしさ等を綴った作品には、様々な種類の落ち葉が一枚一枚混ざり合って、年月をかけて芳醇(ほうじゅん)な土壌になるように、人生の豊かな基礎がはぐくまれているのがうかがえる。(「ドイツは、はじまりのばしょ」「ちがいというすばらしさ」)
外に向かっていこうとする子供には仲間や同士となる友だちが必要。日本人だけに留まらず、未来を見据えて他国の友だちを得ようとするとき、語学は必要不可欠の手段であるが、何のための手段なのか、内容がなければ語学力にはなり得ない。(「グループの『輪』に入るために」)
幼い頃から日本人であることを自覚せざるを得ず、母国語と外国語の必要性を痛感している彼らは、何になりたいのか、何を知りたいのか、どこに行きたいのか、イメージが明確であると思える。バイリンガルとしてだけでなくバイカルチャーとして育ちつつある若木たちに拍手を贈りたい。


■ 最優秀賞 ■
一言のコミュニケーション
村松可奈子(ドイツ)

臨場感溢れる書き出し、周囲の景色・人のざわめきと自分の心のうちの揺らぎ、対比しながらバスを降りるときの一瞬のコミュニケーションをドラマチックに描き出していて、場面が目に浮かびそうだ。一言の声かけがなんと気持ちのよい出会いを演出してくれることだろう。心を込めて伝えようとすることがまず第一歩なのだ。笑顔でコミュニケーションする切符を手に入れた今、世界は大きく広がるであろう。


■ 優秀賞 ■
コスモくん
中村優希(ベルギー)

まっすぐに未来に向かう目を持った作品だ。いつも家族で将来何になりたいか、話し合っているのだろう。コスモくんという自分の将来像に名前をつけているのがユニーク。作者の中でアニメのキャラクターよりも生き生きと息づいているのが見て取れる。コスモくんはこれからもどんどん成長するにちがいないが、コスモポリタンの必須条件が語学と旅と食べ物だと、もうすでに看破しているのが微笑ましくも頼もしい。


■ 優秀賞 ■
家族愛
磯川聡美(チェコ)

日本とチェコの違いとその理由を理路整然と綴っているようだが、観察と分析に優れた作品である。根底にはほのぼのとした温かいものが流れているので、きっとお父さんも気づかないうちに、今までの日本流の家族のあり方を変えさせられていることだろう。一方的に比較して批判するのではなく、驚きと気づき、そして自省と行動という反すうを繰り返し、言葉に実体験を肉付けしていて説得力がある。



深田祐介氏 プロフィール


ふかだ・ゆうすけ 1931年 東京生まれ。
日本航空に勤務のかたわら執筆活動を始める。82年「炎熱商人」で直木賞を受賞したのを機に、作家として独立。「文学界」新人賞、大宅壮一ノンフィクション賞、文芸春秋読者賞、2004年11月にはPHP研究所より山本七平賞特別賞受賞。企業小説や海外経験を生かしたルポルタージュなど著書多数。




海外で暮らしていると、日本にいるだけでは経験できなかったような新たな体験や発見があり、その都度感情の変化が起こります。これは長く海外で暮らしている方でも、海外生活を始めたばかりの方でも、海外で生まれ育った方でも違いはないと思います。習慣の違いに戸惑ったり、文化の違いに気づいたり、言葉の壁を越えて人と分かり合ったり、普段意識しなかった日本人としての自分を意識したりすることで、自分自身の幅の広がりを感じるのではないでしょうか。「JAL海外生活エッセイコンテスト」は、そんな思いを言葉に託し、それを多くの海外在住者で共有することで、より有意義な海外生活を送っていただきたいという願いから生まれました。
今回で9回目となったこのコンテストには、一般の部が349点、小中学生の部が102点の合計451点のご応募をいただきました。国別では上位3国がドイツ(103点)、イギリス(93点)、フランス(48点)で、その他ロシア、チェコ、ポーランド、ルーマニア、イエメン、モザンビーク、南アフリカなども含み計40カ国からの応募がありました。これは、日本人がヨーロッパ、中近東、アフリカの広範囲に渡って在住されていることを示すとともに、このエッセイコンテストの輪がさらに広がっていることを示すものでもあり、事務局として大変嬉しく思います。御応募いただいた皆様に心から御礼を申し上げます。
応募作品の審査は、作家深田祐介氏を委員長とし、小田和正 株式会社日本航空インターナショナル欧州・中東地区支配人と、北川彰 朝日新聞インタナショナル社長が委員を務め、厳正に行われました。その結果、ここに御紹介する20点の入賞作が決定いたしました。
一般の部で最優秀賞を受賞した吉田邦子さんには賞状と楯、副賞としてJAL日本往復エグゼクティブクラス「SEASONS」航空券と朝日新聞アエラ1年分が、小中学生の部の最優秀賞を受賞した村松可奈子さんには賞状と楯、副賞としてJAL日本往復エコノミークラス航空券と朝日中学生ウィークリー1年分が贈られます。また一般の部の優秀賞を受賞した佐藤洋さんと矢部愛子さんには賞状、副賞としてジャルパック旅行券と朝日新聞アエラ半年分が、小中学生の部で優秀賞を受賞した中村優希さんと磯川聡美さんには賞状、副賞としてジャルパック旅行券と朝日小学生新聞または朝日中学生ウィークリー半年分が贈られます。その他の佳作の皆様にも賞状と副賞が贈られます。
最後に、2005年がみなさまにとって素晴らしい年になりますように、心からお祈りいたします。


作品中の表記については朝日新聞社の規定に従って、一部修正を入れさせていただきました。



| BACK |