題名 異文化を知ることの意味
名前 内田舞 10歳
国名 フランス
日本で生活していた時は、全くきょうみがわかなかった事だが、フランスへ来て、色んな国の友達が出来てから、その友達の国がどういう国か、どんな言葉でしゃべるのか、知りたいと思うようになった。
色々調べると、文字とは思えない物があったり、同じアルファベットなのに読み方がちがったり、ちがう国同士なのに同じ言葉を使っていたりと、言葉の多さと、むずかしさを改めて知って、地球に住む人間同士、1つの言葉で、通じるようにしてしまえばもっとかん単ですっきりするのにと、フランスへ来た頃、ずっと思っていたことを思い出した。
もし、言葉が統一される日が来るなら、私達のように、外国へ来て言葉で苦しむ人もいなくなるだろうと思う。
でも、それぞれの国で言葉がちがって良い事もある。まず、言葉を聞けばその人がどの国の人か見分けることができること。そして、言葉がちがうと、文化や習慣なども変わって来ると思うので、そのちがいを見つけ合う楽しさもあるということ。例えば、「きれい」と「かわいい」の間の意味を表わす日本語はないけれど、フランス語ではそれに当たる「ジョリー」という言葉がある。すごく不思議だしおもしろい。
さらに、言葉や文化のちがいを学び合うことで、人はより良くなっていくということがわかって来た。例えば、私はこちらへ来て、日本という国が、どんなに恵まれた良い国かという事に気づいた。また、こちらでは、誰がどんなかっこうで、どんなふうにしていようと誰も気にも止めないけれど、困っている人がいたり、具合が悪い人がいると、今の私に何が出来るのかという態度で、決して知らない顔をする人はいないという事も。
そういう事を見聞きしながら、自分と異なる人達が、自分と同じようにそれぞれの言葉を使って生活していることを、私はフランスの生活で学んでいる。

題名 フランス人が日本人
名前 木内華子 14歳
国名 フランス
フランスに来てからの3年間、私はすごく進歩した。日本にいた時にはなかった根性も本当の友情も全てここで得たような気がする。
最初の1年目はずっと日本に帰りたい、とローヌ川のほとりで落ち込んでいた。それがばれて先生にもう危ないから行ったらだめと言われた日、私は途方に暮れた。どうすればいいんだろう。いつになったらフランス語を喋れるのだろう。頑張りなさいって何度も何度も言われて、私は帰りたい気持ちを忘れるために外国人の友達と話すように努力した。それが最初の努力だった。
努力していく中で本当の友情を1人の男の子にもらった。その子は日本に憧れている子だった。独学で日本語を勉強し、私に間違いだらけの日本語で、友達になってください、と手紙を送ってきた。学校で会ったら顔を赤くして「こんにちは」と挨拶してくれたり、日本語の間違いを直して、と何度も消した後のある紙を私に渡したり、この子の努力はこの時の私にしてみればすごく大きなものだった。私の努力なんかちっぽけな物だと自覚した。
この子と仲良くなっていくうちに、私は彼に提案された。会話をするときは私がフランス語で話して、彼が日本語で答える。最初は無茶だと言っていたけど、始めてみると案外うまくいくもので、お互い間違うたびに相手の言葉を直してあげて、わからない単語があれば分かるまで下手な外国語で教えあう。たったそれだけしか私たちはしなかったのに、お互い見る見る言葉が上達して、だんだん教えあうことも少なくなって、今はもう何の不自由もなく話せるようになった。彼から私は向上心をもらったような気がした。
こんな貴重な体験と友情は絶対に日本では手に入らないと私は思う。ローヌ川で落ち込んでいた時間がすごくもったいないような気がしてならない。日本では体験できない、ここに住んでいるから得られる物を私は苦労の中から見つけた。一生の宝物にしたいと思う。

 
 



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