ベルリンの壁がなくなった年、私はウィーンに生まれた。その後、チェコと日本を行き来しながら暮らしてきた。新しい土地へ移動するたびに、微かに戸惑いがあった。今まで歩んできた人生のほとんどを、私はチェコで過ごしている。チェコが祖国という気がする。
休暇以外に、1年半続けて日本で暮らしたことがある。その時は日本へ帰ってこられたという喜びでいっぱいだった。しかし、時間が経つ中で私は違和感を覚えた。日本での生活は確かに楽しかった。でも違和感が日に日に強まっていく頭の中でふっと思ったことがあった。自分は日本という外国に来ているのではないかと。周りの雰囲気が自分にとって異なったものに見えてしまう。現に、プラハに戻った時、安心感に似たものを感じた。しかし、私は日本人だ。果たして、私にとっての祖国、母国は何処なのだろう。
そんなあやふやな中でも自分を支えていてくれたものがある。それは、行く先々で人々が見せてくれる、本当にちょっとした優しさである。例えばプラハの郵便局へ1人で日本宛ての手紙を出しに行った時、こんなことがあった。私は1人で手紙を出すのが初めてだった。郵便局の窓口で受け取ってもらえず、戸惑った。私はチェコ語が全く話せなくて、訳が分からずに困っていると、後ろで見ていた人が、身ぶり手ぶりで教えてくれた。そこで初めて、自分がJAPANと書いていないのに気づいた。たったこれだけのことだったが、困っていた見ず知らずの自分を助けてくれたことに深い感謝の気持ちがわいた。
逆の立場だったら、自分にはできないことだろう。言葉が通じない相手に、きっと自分は何もできずにいる。行く先々で見た、人々のポツリポツリとした暖かさが、不安の中を彷徨っていた。それが私の心のよりどころだ。そんな心の「祖国」へ、私は恩返しをしたいと思う。私もポツリポツリとした暖かさを、身近なところでつくっていきながら。 |