| 小中学生の部
海外で暮らす子どもたちは、自分自身は何人(なにじん)として、また祖国をどのように認識しているのであろう。言葉を変えるなら、アイデンティティつまり帰属意識、ということになろうか。寄せられたエッセイの多くに外国を初体験した感動が綴られているが、大別すれば日本と異なる自然・文化としての異国との出会いの感動(『はじめてのアフリカ』)と、親切にされた嬉しさや、友だちができた喜びで、受け入れられたときの感動である(『イタリアからスペインへ』)。子どもたちの成長はここから始まるのだ。
あなたは何人?と問われ、誇らしげに生まれ育った町の名をあげるドイツの友人たちに驚きながらも、生まれた町暮らした町を思い浮かべつつ、最後に「私は地球人」と納得する子どものたくましさには新しい時代さえ感じる(『私は何人?』)。幼いときから海外で暮らす子どもたちは確かに未来の地球人として貴重な体験を積みつつあるように思われる。
かつて駐在したイギリスではウェールズ人、アイルランド人、スコットランド人、それぞれのイギリス人が彼らの帰属意識の中では歴然とした区別を持つことを実感したものだ。ヨーロッパでは21世紀は統合で国境をなくす壮大な実験の時代であるが、他方で国の崩壊や地域紛争の緊張も高まる。グローバル化が民族・文化・宗教をゆるやかに包括しつつその独自性と多様性を容認するものであって欲しいと願わずにいられない。 子どもたちにとっては、国という枠ではなく暮らしている町の隣人や学校の友だちとのふれあいの中で、帰属意識が生まれる。友だちに受け入れてもらえたことの嬉しさが、その国全体を好きになる大きな動機だ(『わたしの友だちにありがとう』)。国籍イコール、生まれた国イコール祖国というのではないのだ。
自らの内に根付いている日本を外から照らし出す視点が書かれたエッセイを読めば、子どもたちのアイデンティティは年齢や滞在年数よりも、いかに外の世界に向き合っているかによって形づくられていくものだということがよく分かる。日本の文化に包まれ育まれている彼らは当然、日本人であり祖国は日本であろう。それでも、外国で生まれ育ち現地校に通えば、帰国した日本がまるで外国のように感じられたとしても不思議ではない。一時帰国で日本を体験したエッセイには「日本不思議発見」といったような見方があり、日本を見る視点の新鮮さが印象的である(『イタリアの学校』)。
そういった時代にあって、気候と自然の素晴らしさの反面、犯罪都市であるヨハネスブルグの街を自分の足で歩いたことがないという田中優輝くん(『育った国で考えたこと』)、それほどではなくとも実は日常生活の中での子どもの活動範囲はかなり狭い。親なしでは1人で学校や友人の家に行ったり、留守番するなどということは出来ないし、子どもが自由に店で買い物できない国も多いのだ。しかし、そのような制限の中で遠く離れた日本の友だちとの間にある壁と、現在は一緒でも未来は必ずバラバラになるイタリアの友だちとの間にある目に見えない時間の壁を実感したり(『見えない壁』)、発見し、あるいは決心することの洞察の深さと確かさには感心する。
今回、最優秀賞には武藤沙英子さんの『心の「祖国」』を選んだ。人生の大半をチェコで暮らし日本を外国に感じたりする作者が、自分の「祖国」とは何かと自問し、郵便局でチェコ語を解せず困っていたときに受けた親切を例に、これまで折りに触れ親切にされた時に感じた心の暖かさこそが「祖国」ではないかと考え、自分も出来ることをポツリポツリと恩返ししていきたい、と綴った作品である。背伸びすることなく、しかし自らの体験を反芻しながら心の祖国を模索する姿が共生の未来を予感させる作品だと感じた。
優秀賞にはクルニッグ・アルフォンスくんの『ドイツ的ほめられ方』を選んだ。こちらは日本人の母とドイツ人の父をもつダブルであるから、当然、祖国も2つ、言葉も文化も2つだ。夏休みに決心して計画表を作り勉強と運動に励んでいたら、縄跳び1000回跳んだところで隣人にほめられ、嬉しいのに率直に返事が出来ず、笑ってごまかすという日本的な対応をしてしまった後悔。心の中では「そりゃそうさ」と叫んでいるのに、恥ずかしくて言葉にならない。そんな自分の心の葛藤から「ドイツではほめ言葉は頑張っている人への最大のご褒美なのだ」と気付く。ほめられた嬉しさでもっと頑張れるのだ。自分も大いに人をほめることが出来るようにしようと考えるにいたる。ダブルである自分の中にある日本的なものとドイツ的なものを融合しようとする姿が頼もしい。
もう1つの優秀賞には、濱田真由美さんの『自分を信じて』を選んだ。ホリデーオーケストラに参加し、3年前に自分が受けた親切のお返しに、台湾から参加した姉弟を助けてあげようとしたが、趣味や特技があれば言葉は通じなくても自信をもってやっていけるのだということを、ヴァイオリンを弾きながら実感する話である。臨場感溢れる演奏場面と、心の気付きと演奏後の鳴り止まぬ拍手が、これからも自分を信じて活躍するであろう未来を応援しているかのようだ。
審査委員長 作家 深田祐介
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