一般の部

  今、世界は息を潜めるような目には見えない閉塞感で包まれていると言えばいいのだろうか。一向に展望の開けない日本の経済。いつ戦争になるかと緊張の高まるイラク情勢。北朝鮮を相手に初めてといってもいいほど外交的綱引きを展開している日本。その中でかつてのように旅立つ時の心躍る高揚感、海外で休暇を満喫する充足感、あるいは海外で暮らすことに対するチャレンジ精神が消沈したやにも見える。しかし、どのような時代にも日々の暮らしは続いていて、不安が根底にあるからこそその分、出会いの素晴らしさ、親切のありがたさ、ふれあいの愛しさが増幅されるのではないだろうか。
 昨今の海外生活者は若い頃から海外旅行の経験や知識も豊富であるが、海外旅行と海外生活は当然の事ながら異なる。幾つかのエッセイに、仕事上の付き合いではなく、地域交流のきっかけを積極的に図ったりエンジョイしたりする男性の姿が見受けられたが、生活者として頼もしい姿だと思う(『駄菓子の交流』その他)。
 今回送られてきた多くのエッセイに共通することのキーワードは「自分の居場所」だと感じた。海外駐在の辞令が出たことを彼女に伝えたら、喜ぶと思いきや「外国は旅行するところであって、決して住むところではない」といって泣かれた話(『スーパーウーマン』)が象徴的だが、親子共々傷つき疲れ、娘は泣きながら口癖で「早く日本に帰ろう」という話(『娘の口癖』)など、居場所がすっぽり抜け落ちた不安と鬱積の気分の中で、それでも人は逆境を撥ね返して変われるものなのだ。泣いた彼女が一大変貌を遂げてスーパーウーマンになったり、いつのまにか口癖が「ずっとドイツにいようね」に変わったりする。きっかけはむしろ些細なことであったり、偶然であったりするのだが、それを素晴らしい経験に変えていくのはその人自身である。
 海外で暮らすということは、同化することではなく、逃避することでなく、いかに自分らしさを生かしつつ受け入れられるか(あるいは受け入れるか)を量らねばならず、これが中々ストレスの溜まることである。スミマセン、ごめんなさいが人間関係の潤滑油なのだと信じている日本人にとってぎりぎりまで自分の非を認めない西欧的人間関係は頭で理解しても慣れないものだ。しかし、その反面、悪いことをした子どもに徹底した謝罪をさせる親や、謝るよりも「会えて嬉しい」と言って、とたしなめられる友人に助けられ、日本よりももっとポジティブな人間関係が可能なことに気付くこともある(『I'm sorry. はスマートに』『アイアムギルティー』)。
 誰にとっても自分の居場所をゼロから作るのは一大事業なのだが、ゼロからの出発だけに出会いの感動、ふれあいの素晴らしさが増幅されて体験される。今回、大谷マリ氏の『私はオルガニスト』を最優秀賞に選んだ。前回もロンドンにきて間もない話で佳作入選された。高校の英語教師の職を辞し、夫の赴任地ロンドンで学生となり、教会でオルガンを弾く1年の間に素晴らしい成長を遂げられたようだ。週2日拘束されるので旅行もままない代わり、夫共々、お客としてではなく地域の中にしっかり居場所をつくりだしたバイタリティ溢れる姿に拍手を送りたい。
 優秀賞に選んだ茨田通章氏の『夢のコンサート』は、ビオラ奏者の作者が、日本ではそれぞれがCDを聴いて練習し、本番前に2、3取り決めるだけですむのに、ドイツでは要領が悪く練習にも時間ばかりかかるのに疲れ果て、もうやめよう、と思った矢先の田舎の小さな美術館でのコンサートが信じられないくらいうまく行き、そんな夢のコンサートを目指して演奏しつづけようと思い定める話である。石畳の道路の改修に延々と時間をかけることにも現われるように、ドイツには能率的・実用的である以上に大切なことがあることに気付く。プロとして互角に活動されている人が、何を目指すのかを見つけた奥深さが印象的である。
 もう1つの優秀賞には一昨年の佳作、昨年の優秀賞に続いての受賞になるが、山 准子氏の『Heart to heart』を選んだ。治安の悪いケニアで運転手の給料を3分の2にカットしたら、イヤイヤ働いている様子に転職を疑った作者がキレてしまったが、実は自分の不安や不信が相手に伝わっていたのだ、ということに気付き、人間として基本的な付き合い方を学んだ、と反省する話である。自由に外出することもままならず殻に閉じこもりがちな生活の中になお、常に深く自分の心の有り様を見つめなおす姿が彷彿されて今後の健闘を祈りたい。
 21世紀は宗教、政治など相反する力が拮抗する時代のような予感がする。共生と融和の穏やかなつながりが可能なのか、全ての人に相応しい「居場所」がみつかるのか、夢物語であってはならないと思う。


審査委員長 作家 深田祐介

 

小中学生の部

   海外で暮らす子どもたちは、自分自身は何人(なにじん)として、また祖国をどのように認識しているのであろう。言葉を変えるなら、アイデンティティつまり帰属意識、ということになろうか。寄せられたエッセイの多くに外国を初体験した感動が綴られているが、大別すれば日本と異なる自然・文化としての異国との出会いの感動(『はじめてのアフリカ』)と、親切にされた嬉しさや、友だちができた喜びで、受け入れられたときの感動である(『イタリアからスペインへ』)。子どもたちの成長はここから始まるのだ。
 あなたは何人?と問われ、誇らしげに生まれ育った町の名をあげるドイツの友人たちに驚きながらも、生まれた町暮らした町を思い浮かべつつ、最後に「私は地球人」と納得する子どものたくましさには新しい時代さえ感じる(『私は何人?』)。幼いときから海外で暮らす子どもたちは確かに未来の地球人として貴重な体験を積みつつあるように思われる。
 かつて駐在したイギリスではウェールズ人、アイルランド人、スコットランド人、それぞれのイギリス人が彼らの帰属意識の中では歴然とした区別を持つことを実感したものだ。ヨーロッパでは21世紀は統合で国境をなくす壮大な実験の時代であるが、他方で国の崩壊や地域紛争の緊張も高まる。グローバル化が民族・文化・宗教をゆるやかに包括しつつその独自性と多様性を容認するものであって欲しいと願わずにいられない。 子どもたちにとっては、国という枠ではなく暮らしている町の隣人や学校の友だちとのふれあいの中で、帰属意識が生まれる。友だちに受け入れてもらえたことの嬉しさが、その国全体を好きになる大きな動機だ(『わたしの友だちにありがとう』)。国籍イコール、生まれた国イコール祖国というのではないのだ。
 自らの内に根付いている日本を外から照らし出す視点が書かれたエッセイを読めば、子どもたちのアイデンティティは年齢や滞在年数よりも、いかに外の世界に向き合っているかによって形づくられていくものだということがよく分かる。日本の文化に包まれ育まれている彼らは当然、日本人であり祖国は日本であろう。それでも、外国で生まれ育ち現地校に通えば、帰国した日本がまるで外国のように感じられたとしても不思議ではない。一時帰国で日本を体験したエッセイには「日本不思議発見」といったような見方があり、日本を見る視点の新鮮さが印象的である(『イタリアの学校』)。
 そういった時代にあって、気候と自然の素晴らしさの反面、犯罪都市であるヨハネスブルグの街を自分の足で歩いたことがないという田中優輝くん(『育った国で考えたこと』)、それほどではなくとも実は日常生活の中での子どもの活動範囲はかなり狭い。親なしでは1人で学校や友人の家に行ったり、留守番するなどということは出来ないし、子どもが自由に店で買い物できない国も多いのだ。しかし、そのような制限の中で遠く離れた日本の友だちとの間にある壁と、現在は一緒でも未来は必ずバラバラになるイタリアの友だちとの間にある目に見えない時間の壁を実感したり(『見えない壁』)、発見し、あるいは決心することの洞察の深さと確かさには感心する。
 今回、最優秀賞には武藤沙英子さんの『心の「祖国」』を選んだ。人生の大半をチェコで暮らし日本を外国に感じたりする作者が、自分の「祖国」とは何かと自問し、郵便局でチェコ語を解せず困っていたときに受けた親切を例に、これまで折りに触れ親切にされた時に感じた心の暖かさこそが「祖国」ではないかと考え、自分も出来ることをポツリポツリと恩返ししていきたい、と綴った作品である。背伸びすることなく、しかし自らの体験を反芻しながら心の祖国を模索する姿が共生の未来を予感させる作品だと感じた。
 優秀賞にはクルニッグ・アルフォンスくんの『ドイツ的ほめられ方』を選んだ。こちらは日本人の母とドイツ人の父をもつダブルであるから、当然、祖国も2つ、言葉も文化も2つだ。夏休みに決心して計画表を作り勉強と運動に励んでいたら、縄跳び1000回跳んだところで隣人にほめられ、嬉しいのに率直に返事が出来ず、笑ってごまかすという日本的な対応をしてしまった後悔。心の中では「そりゃそうさ」と叫んでいるのに、恥ずかしくて言葉にならない。そんな自分の心の葛藤から「ドイツではほめ言葉は頑張っている人への最大のご褒美なのだ」と気付く。ほめられた嬉しさでもっと頑張れるのだ。自分も大いに人をほめることが出来るようにしようと考えるにいたる。ダブルである自分の中にある日本的なものとドイツ的なものを融合しようとする姿が頼もしい。
 もう1つの優秀賞には、濱田真由美さんの『自分を信じて』を選んだ。ホリデーオーケストラに参加し、3年前に自分が受けた親切のお返しに、台湾から参加した姉弟を助けてあげようとしたが、趣味や特技があれば言葉は通じなくても自信をもってやっていけるのだということを、ヴァイオリンを弾きながら実感する話である。臨場感溢れる演奏場面と、心の気付きと演奏後の鳴り止まぬ拍手が、これからも自分を信じて活躍するであろう未来を応援しているかのようだ。

審査委員長 作家 深田祐介






424点の秀作 34カ国から

   ふるさと日本を離れ海外で暮らしていると、各国の文化や習慣について新たな発見があったり、日本との違いを感じたりすることがあると思います。また、外国でしか体験し得ない自分自身の「成長」をも感じることがあるのではないでしょうか。
 そうした思いや発見を、折に触れて思い起こし、書きとめておくこと、またその思いを誰かと共有すること、そして、ほかの人々の思いや発見に触れることによって、自身の海外生活をも振り返り、心にとどめておくことは、すべての海外生活者にとって、貴重な体験であると思います。こうした「海外生活での思いを共有して欲しい」という願いから生まれたこの「JAL海外生活エッセイコンテスト」も、今年で7回目を迎えました。毎年たくさんの応募を下さる皆様に、感謝の気持ちでいっぱいです。事務局を代表してお礼申し上げます。
 今回の応募点数は412点。部門別では、一般の部が323点、小中学生の部が89点でした。応募される皆様の在住国も、ヨーロッパを中心として、アフリカや中近東の多岐にわたり、このコンテストが、より数多くの国々の皆様に注目されていることを示しており、事務局としても嬉しい限りです。
 作家・深田祐介さんを審査委員長とし、合田正彦・日本航空株式会社欧州・中東地区支配人と市川博・朝日新聞インタナショナル社長が審査委員を務めた厳正な審査の結果、ここにご紹介する20点の作品が入賞と決定いたしました。
 一般の部で最優秀賞を受賞した大谷マリさんには賞状と楯、副賞としてJAL日本往復エグゼクティブクラス「SEASONS」航空券と朝日新聞アエラ1年分が、小中学生の部の最優秀賞を受賞した武藤沙英子さんには賞状と楯、副賞としてJAL日本往復エコノミークラス航空券と朝日中学生ウィークリー1年分が贈られます。また一般の部の優秀賞を受賞した茨田通章さんと山 准子さんには賞状、副賞としてクリエイティブ・ツアーズ旅行券と朝日新聞アエラ半年分が、小中学生の部で優秀賞を受賞したクルニッグ・アルフォンス君と濱田真由美さんには賞状、副賞としてクリエイティブ・ツアーズ旅行券と朝日小学生新聞または朝日中学生ウィークリー半年分が贈られます。その他の佳作の皆さんにも賞状と副賞が贈られます。
 なおインターネットでは、過去の入選作品(第1回〜第6回)も公開しています。ぜひお読みください。(www.jal.com)
 新しい年2003年が、皆様すべてにとってよい年でありますように。



 作品中の表記については、朝日新聞社の規定に従って、一部手を入れさせていただきました。




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