題名:フォルクスシューレでのお手伝い
名前:岡林暁さん 10歳
国名:オーストリア |
私の住むウィーンの人たちは親切です。それがわかっていても、ドイツ語で話しかけられると、きんちょうしてしまいます。
春休みのある日、お母さんが、日本文化交流の手伝いをたのまれ、弟と私も現地の学校へ行くことになりました。
まず、教室に入ると、生徒の机が自由な方向にむいておどろきました。これは、自分で好きな場所を選ぶからでした。そして、みんなで学習するときは、教室の中央に自分の机を持ってきたり、まるくすわったりして勉強します。意見も自由にどんどん言うので、感心しました。それに、宿題は、自分から出してほしいと言うまででないのでびっくりしました。
私は習字や折り紙の時、こまった人のお手伝いをしました。その時、どんな小さな事でも、必ず「ダンケ」と、お礼を言ってくれるので手伝いも気持ちよくできました。そのうちに、女の子たちが、私に話しかけてきたり、となりにすわるようによんだりしてくれて、仲良くなりました。「ヤウゼ」の時間の後、日本の遊びにもチャレンジしていました。その中で、一番人気なのは竹馬でした。ほかに、けん玉やコマなど、みんな汗を流すほど一生けん命やっていました。私は、竹馬などに夢中になるウィーンの友達を見て、日本の遊びがこんなにおもしろそうに見えたのは初めてでした。だから、私も竹馬の仲間に入りました。弟は、学年のちがった男の子たちと、おにごっこをしてさわいでいました。
ウィーンの学校に通った1週間、発見ばかりでした。それから、ドイツ語で話しかけられても、きんちょうしなくなりました。公園で話しかけられたら、わからないドイツ語はジェスチャーを入れながら、話をしたり、いっしょに遊ぶようになりました。
ドイツ語が話せることよりも、心を開くことが大切だと言われた意味が少しわかった気がしました。 |
題名:マリアレギーナの思い出
名前:岡林弘さん 7歳
国名:オーストリア |
ウィーンにきてから、ぼくは、おかあさんといっしょに、ようちえんをいくつも見に行きました。その中で、マリアレギーナが、ぼくは気に入りました。先生は、やさしそうに見えたし、大好きなこうさくも、たくさんするとわかったからです。
はじめのうちは、ドイツ語がわからないぼくはどうやって、なにをすればいいのかわかりませんでした。つくったものをこわされたり、つかっているものをとられたりすることもありました。そのうち、ぼくは朝になるとようちえんに行くのがいやになりました。いやだったけれど、おかあさんがようちえんにいくまでに大好きなファーブルこんちゅうきを読んでくれたので、いやなのがすこしになりました。クラスには、いじわるをする子もいましたが、しんせつで、ぼくのみかたになってくれるともだちのほうが多くいました。そして、ぼくにも、いっしょにあそぶウィーンのともだちができました。
10時ごろのヤウゼは、みんなパンをもってきますが、ぼくは、大好きなおにぎりをいつももっていきました。ウィーンでは「すし」は人気ですが、「おにぎり」はしられていないので、みんながのぞいていました。
ある日、おかあさんが、ようちえんに、おりがみやおにぎりの作り方をおしえにきてから、クラスのともだちに「オニグルグル」とよばれ、大人気になりました。
どこへ行っても、いじわるな子もいるけれど、やさしいともだちもたくさんいることがわかりました。だから、ぼくは、はじめてあったり、ことばがちがったりしてもへっちゃらです。
いま、ぼくは、ウィーン日本人学校の2年生です。とてもたのしいまい日です。そして、日曜日は、ウィーンの友だちと楽しく、あそんでいます。らい年、ぼくは日本へ帰国します。こんどは、日本のぼくの家にあそびにくることになっています。
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題名:走る日本人、走らないアイルランド人
名前:恩田優香さん 15歳
国名:アイルランド |
私がアイルランドに来て早や2年が過ぎようとしています。私は車で通学していますが、道路を歩く通学中の学生の姿を見ていると、みんな背すじをピンとのばして、スタスタと早足で歩いています。日本に住んでいた頃のことを思い出してみると、冬などは背中を丸め、友達とおしゃべりしながらダラダラと歩いていた自分を思い出します。それでも遅刻しそうになると早足になったり、走ったりと、少しでも早く学校に着く努力をしたものですが、アイルランドの人々は学校に遅刻しようが、人との約束に遅れようが走る姿を見たことがありません。走る姿を見かけるのは運動している時ぐらいです。これは本で読んだことですが、アイルランドの人々はアタフタと走ることをみっともなく、沽券にかかわると考えているようです。
一番驚いたのは、雨が降っても傘をささずに何事もないような顔をして、普通に歩いていることです。日本人だったら駆け足で雨宿りできる所を探すことでしょう。これが文化の違いということかと、思い知らされました。
日本人は、走ったり、アタフタしたりすることよりも約束の時間に遅れたり、学校に遅刻したりすることを、「時間にルーズで、みっともない。」と恥かしく感じますが、アイルランドの人々はきっと、約束の時間に遅れたり、学校に遅刻することよりも、アタフタと走ったり、あわてたりすることの方がずっとみっともないと考えているのでしょう。私には、どちらが良いのかわかりませんが、アイルランドの人々は時間に遅れることをルーズとは考えていないのだと思います。毎日をセカセカと生活している日本人の考えと、足して2で割るとちょうどよくなるのかもしれません。
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題名:ドイツ人から学んだこと
名前:小林桃子さん 13歳
国名:ドイツ |
ドイツの学校の授業に出ると必ず出合うのはパチっとい指を鳴らす音です。これは自分を当ててくれ、というアピールです。ドイツの学校で一番重視されるのは発言です。だから先生達は「どんなにテストでいい点とっても発言をしなきゃいい成績はもらえないぞ。」と毎日口ぐせのように言っています。そしてそれを証明するように、ドイツの授業では生徒の質問や発言が軸になっています。
授業中、手が挙がっていないときはないのではないかと思う程いつも手が挙がっていて、教室中に質問がとびかっているというのがドイツの学校ならではの風景です。ドイツ人には「間違えたら恥ずかしい」、というような気持ちは全くないし、どんな質問に対しても真面目に応じてくれるので質問していてとても気持ちが良いです。他の人の意見に対して反対意見を言っても後から何か言われる事はなく、本音を要求するドイツ人としてはむしろ終わったあとに逆に相手に感謝するくらいです。
日本にいた時私は、発言するからには何か良い事を言わなくてはいけない、と心のどこかで思い、発言というものを大きく考えすぎていたけれど、ドイツに来て、そうではない事に気がつきました。
自分の思った事を言うのになぜ人の目を気にしていたのか、今思うと不思議です。大切なのは話そうとする姿勢なのです。誰かに何かを伝えようとする気持ちの方がその内容よりずっと大事だと言う事を私はドイツ人に教えられました。私のドイツ語は文法もまだ完璧ではないし、話すのも遅いけれどクラスのみんなは一生懸命、私の言う事を聞いてくれます。
ドイツの授業の大部分は生徒の疑問に先生が答えていく形なので何も疑問に思わなければ何も知る事は出来ません。そして何か伝えようとしなければ何ひとつ伝わりません。けれどそれは、伝えようとすれば何でも伝わるし、知ろうと思えば何でも知る事が出来るという事でもあります。
いつかパチっと私の指が鳴らす音が教室に響くのを聞くのが楽しみです。 |
題名:先生におこられてうれしかった事
名前:津島美香さん 9歳
国名:イギリス人 |
「お母さん。グッドニュース!今日学校で、とってもいい事があったよ。」
そして思わずニンマリ。
「私、先生におこられたの。うれしかった。」
不思議そうな顔のお母さんに、私は一気に話し続けた。
もうすぐイギリスの学校に来て2年になる。泉が丘小学校の2年4組にいた私は、運動会が終わったその1週間後には、イギリスの小学校の教室にいたんだ。英語が全然わからなかったから、一つ下の学年だった。みんなが何か一生けん命話しかけて来るのに、わかったのは自分の名前だけ。私の名前は美香からMIKAになってもこれだけは変わらないんだとほっとしたけど、あとは何もわからなかった。
みんなとってもやさしくて、すぐ友だちがいっぱいできた。休み時間はたくさんイギリスの遊びをして楽しかった。教室では、「教えて」という言葉も知らなかった私のために、となりの席のケイティはよく、
「先生、ミカが困っています。」 と言ってくれた。英語がわからない私に先生もとってもやさしかった。
そしてその日、それは今年の1月30日だった。もう、英語はあまり困らなくなっていた。リーディングの時間に後ろを向いていて、エバンス先生からおこられたんだ。
「ミカ、今何の時間ですか。」
私は、イギリスの学校に来てずっと、一度も先生からおこられた事がなかった。私だけは何も言われない。それはちょっとさびしかった。だからおこられた時、
(ヤッタ!みんなと同じになったんだ。)
と思って、とってもうれしかったんだ。すぐ元気に返事した。どのぐらいうれしかったか、あのしゅん間を思いだすとブルッとする。この9月から私は本当の学年のクラスへ上がる。よぅし、これからだぞと思っている。
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題名:QUICKはスローだった
名前:松村紀生さん 13歳
国名:ベルギー |
ベルギーには有名なファーストフードの"QUICK"という店があるが、それは名前がQUICKで、実際は実にゆっくりだ。何分も列に並んだあげく、毎回簡単な注文を間違える。日本のマクドナルドとは全然違う。僕はいつも「はやくしろ」とイライラして待っていた。僕の家で"QUICK"に行く時には、「SLOWに行こう」と言っていた位だ。
しかし不思議だったのは、ベルギーの人達はどんなに待っても、客同士話したりしながら楽しそうに待っている。それはスーパーのレジでも同じだ。いつも長い列が出来ていて、しかも時々買う品物に値段のついていない事がある。その度にレジから売り場に電話をして、その係の人がゆっくり歩いてくるまで、列の全員はひたすら待つ事になる。
ある時、僕の前のお姉さんが急にしゃがみ込んだ。何をしているのかと見ると、その前で勘定を払っていた、見知らぬおばあさんのほどけた靴ひもを、結んであげていたのだ。その間列のみんなも暖かくそれを見守っていた。
1学期に日本に帰り、スーパーへ行って驚いた。店員はす早く間違いなくレジを打ち、客も2、3人前から財布を出して構えている。そのスピードと正確さはまさに"QUICK"だ。しかし誰も何もしゃべらず、他人に構わず、急かされている感じがして緊張した。
夏休みに又ブラッセルに戻り、カフェで家族と話しながら、なかなか来ない注文を待っていると、何故かホッとしている自分に気付いた。そのうち店員がゆっくりやって来て、"Voila!"と本当においしそうに飲み物を置いていく。
昔は不満だったこの「スロー」さに、ゆったりとした幸せを感じた。毎回間違えるオーダーも、「今日は何個間違えるかな?」とかけを楽しんだりする。人は何もかも正確じゃなくても幸せになれると感じた。
だけど本当は、お腹の空いている時ぐらい、"QUICK"はやはりクイックであって欲しかった! |
題名:大事な事は
名前:濱田真由美さん 10歳
国名:イギリス |
わたしは、イギリスに来る前はすごくかなしかった。日本の先生や友だちと別れないといけなかったからだ。
わたしがイギリスに来た時、イギリスの学校は夏休み中だった。その間、父と母が入学できる学校をさがしてくれた。
休みが終ってわたしと弟は、スピニスクールに通う事になった。わたしは日本では2年生だったけど、イギリスでは4年生になった。わたしが初めてそのクラスに入った時、ほかの人がめずらしそうにわたしを見たので、すごくはずかしかった。でもすぐに友だちができたので、うれしかった。初めのころは何もかもが英語なので何もわからなかったから、なみだが出そうだった。学校を休んで家でないていた時もあった。そんな時、みんながわたしをせいと会やくいんにえらんでくれた。いたんだ本をなおしたり、新しい本をえらんだり、学校のお金になる事をしたりしてがんばった。わたしの一番うれしかったのは、みんなのやくにたてた事だった。
1年すぎた。わたしはイギリスで5年生になった。少しなれてきたので、大きな事にチャレンジし始めた。学校でかこ形の勉強をしたので家で日本の本を英語にしてみたり、英語の本を日本語にしたりして、練習をくり返した。おもしろい本を世界中の人々に読んでもらいたいからだ。そのおてつだいをするのがわたしの夢だ。
でも今は、友だちといっしょに英語をならう事がたいせつだ。父がいつも言う。 「先の事を考えるのも大事だけれど、今できる事を一生けんめいやることも大事だ」と。
だからこれからも、がんばろうと思う。 |
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