一般の部

  一番嬉しかったのは昨年佳作に入られた山崎准子氏が今回も優秀賞に値する感動的な文章を書かれたことである。この賞の存在が彼女の人生に刺激を与えているとすれば、選考冥利に尽きる。  
山崎氏の例が示すごとく近年、女性の元気さだけが目立っていたやに感じていたが、今回の特色として、自他ともに認めるモーレツ社員だった私たちの世代から見れば、子供にあたる世代の男性たちからメールでの応募が多数あった。しかも、エッセイを綴る男性の目が明らかに子供や日々の暮らしに向けられていて、男女共同参画の時代を象徴するような感性や視点に光るものを感じた。  
2001年9月11日を境にして、世界は大きく変わった。崩れ落ちたのはワールド・トレード・センターだけではなく、今まで信じてきたものが、根底から覆ったと言っても過言ではあるまい。21世紀が平和の世紀となるのではないかという期待が無残にも消え失せえたのだ。集まったエッセイは9月11日以前のものが大多数なので、そのショックが尾を引いていたせいか、当初読んでいると、「よき時代の名残り」であるかの如く感じてしまったが、選考の最終段階になって皇太子ご夫妻に新宮誕生の明るいニュースがあり、日々の暮らしや子供とのふれあい、様々な人との出会いの素晴らしさを綴ったエッセイは、テロの対局にあるものとして新しい未来の望ましき理想の社会を描きだしているように感じられるようになった。 
今回、最優秀賞に推した長嶺慶隆氏(46歳)の『子羊の群れ』では、希望の海外赴任が決まり、将来愛娘がバイリンガルになるかもしれぬと誇らしい気持ちでいた父だが、娘は転校先である日、突然蹴られるという事件が起こり、「お父さんのいうとおり英語を一生懸命勉強したよ。英語を勉強すれば友だちはすぐにできるって、お父さん言ったじゃない」と、我慢していた緊張や不安が一気に吹き出して、泣きながら抗議する。親の都合で来たこどもたちが全身で異文化に溶け込んでいく姿に、「そんな子ども達が、みなヒーローに思える」というものだ。他に佳作とした作品『息子から学ぶこと』(松田康典氏 40歳)は、「愚息文化の日本では受入れてもらえないかもしれませんが」と断った上で、6歳で堂々と自分は日本人であると主張し、アイルランド訛りの英語でクラスに溶け込み、Best Friendに自分の父のFirst Nameを紹介する息子の態度に、思わず敬服してしまうと本音で告白する父の話である。  
それこそ「愚息文化」の化石時代から見れば、日本男児の変化の速さにあきれるほどであるが、この世代が皇太子殿下の世代なのだ。まったくの自然体で育児に参加し、妻をパートナーと見なす。この世代から見てさえ眩しく見える子供たちの未来はどのようなものだろう。多様でありながら平等、異なっていながら受け入れる、そんな共生の世界であって欲しいと祈らずにはいられない。  
優秀賞は『さあ、サファリへお掃除に行こう!』(山 准子さん 41歳)と『友人がくれた魔法の言葉』(睦スレイニーさん 32歳)の2作とした。前者は、安全のためとはいえ、檻に囲まれた暮らしの中の閉塞感をボランティアで出掛けたサファリの動物たちに癒され励まされる話で、後者は、育児の孤独を紛らすために参加したサークルで知り合ったルワンダやコソボからの難民の女性たちから、未来を信じるように励まされる話である。どんな境遇にあっても、自らの道を切り開いていく彼女たちの前向きな姿勢も好ましいが、弱者に活動や出会いの場を提供している社会の懐のふかさが窺い知れる作品だ。  
他の佳作の作品では、弱者にも優しい社会の一面を描くと同時に、日本人とのストレートではない愛情表現に対し、「愛する人からいつも褒められているのはとても大切なこと」と反省したり(『愛情の表し方』)、失うことを恐れていたが海外生活でもっと大切なものを得たと納得したり(『ロンドンの空』)、仕事にも家庭にも恵まれている女性たちが、それでもなお、揺れ動く心を見つめつつ、一回りもおおらかに成長していく姿が好ましい。激動の21世紀であるからこそ、日々の暮らしの中の、豊かさと分かち合い、ゆとりと希望を大切にしたいと思う。


審査委員長 作家 深田祐介

 

小中学生の部

  子供たちのエッセイを読んでいると、大人たちよりも遥かに深く明確に日本のことがわかっているのではないかと感じてしまう。自分自身の選択や仕事の延長として海外に出る大人と違い、子供にとっては全く未知の世界に投げ出されるわけだから、その緊張と不安とはいかばかりであろう。しかし、子供たちは全身でぶつかり、挑戦し、そしてある時あたかも一見楽々と言葉の壁、文化の壁、人種の壁を越えてしまう。しかし、日本人であることを忘れてしまうわけではない。むしろ、同年代の子供に比して、格段に強く日本人であることを自覚しているように思えるのは、日々、外から日本人であることを思い知らされている結果であろう。  
多数の作品の中で、子供たち自身が自らの日本人的なことを評して、「まわりにどう見られるか気にしていた」「間違いを恐れて自分を表現しなかった」「心をひらいて伝えようとしていなかった」など、それぞれに自分の中の日本と向き合い、反省し、克服しようとしている姿が鮮明だった(『ドイツ人から学んだこと』『フォルクスシューレでのお手伝い』)。日本人的思考回路はかなり幼い時期に植えつけられると私は思うが、それが固まらないうちに他の思考回路も経験できるというところが、海外経験者のプラス面なのだ。多様な思考の成果として、自分が日本人であることは認めても、特別扱いを望んでいるのではない。平等に扱われることに満足するのだ。卑屈にならず傲慢にもならず、誇りを持って自分が日本人であることを認め、相手も認められる世代が登場している。  
その他の作品も、外面上の相違を比べつつ、その根底にある文化の相違に思い至り、なおかつ、その違いを違いとして受容できる心の広さが際立った。また、彼らの目に映る日本の社会と日本人の暮らしぶりは、対比が明確なのに加え、自我が未成熟なため、思いがけないほどの説得力がある(『QUICKはスローだった』)。  
今回、最優秀賞に推したのはBeheim貴士君(9歳)の『TYPISCH JAPANISCH』である。家族で柔道の応援に行き、はっぴ姿の日本人の応援団に組み込まれ、こと細かに応援の仕方を指示されて、思わず「TYPISCH JAPANISCH(テューピッシュ ヤパーニッシュ)!!」と言ってしまうが、他の国の人からどう思われるか気にしていた自分こそがTYPISCH JAPANISCHだったと気付き、みんなと一緒に大声で「たむらチャチャチャ」と旗をふって応援する話だ。何が典型的日本人なのか、自分の内なる日本人に気付く視点の転換ぶりが鮮やかである。  
優秀賞には衣笠美智子さん(15歳)の『一秒マジック』と國島大河君(9歳)の『友達に教えてもらったこと』を選んだ。前者は、学校帰りの道で見知らぬ人とすれ違う時、ボンジュールと挨拶をするかしないかためらう心の葛藤である。自分から挨拶しなければ後味の悪さで、その後、何をしても決まりが悪いのに、しかし、思いきって挨拶したら笑顔で返答された時の歌いたくなるような嬉しさ。ほんの1秒のことなのに、言葉を交わすことの不思議さ。なぜだろう、と自問した作者の答えは「家から一歩外に出れば、フランス語の世界が果てしなく広がっている」ベルギーで、挨拶は外に繋がる第一歩なのだ。そしてそれは未知なる世界、まだ見ぬ将来への第一歩である。國島君の文章は、イギリスの友達から自分の意見を持ち、他人を認めることは、自分を認めることであり、それが自信に繋がることを学ぶ話だが、これこそ真の国際人への第一歩ではあるまいか。彼らの共通点は、自らの殻を撃ち破り、外と繋がろうとする姿勢にある。そうなるまでの心の葛藤はいかばかりであったか、想像するしかないが、大きく羽ばたくであろう21世紀の彼らの将来を想像するのは心踊る思いに捉われる。


審査委員長 作家 深田祐介





異国で出会う発見と感動
424点の秀作 34カ国から
  「JAL海外生活エッセイコンテスト」は、海外で暮らしていく上で感じた文化・習慣の違いや新たな発見など、人それぞれの思いを自由にエッセイで表現してもらおうとするものです。日本を離れて海外で暮らしていると、誰しも日本では経験できなかった貴重な体験をすることでしょう。しかし、その出会いや感動をゆっくりと振り返る機会はそう多いものではありません。このコンテストは、その貴重な体験を、立ち止まって考え、記録にとどめること、そして、その感動を多くの人と紙面を通じて共有することを目的とし、今年で第6回目を迎えました。
800字という限られた字数の中で、思いのすべてをまとめることは、なかなか難しいことです。しかし、回を追うごとに数多くの秀作が寄せられ、事務局としても嬉しい限りです。  

今回の応募点数は、昨年を1割以上上回る424点。国別に見ると、イギリス(114点)、ドイツ(89点)、フランス(54点)が上位を占めています。ほかにも、スロベニア、ボスニアヘルツェゴビナなど南東欧諸国や、モーリタニア、中央アフリカ、ギニアといったアフリカ諸国からも新たな応募があり、34カ国を数えました。対象とする欧州・中東・アフリカ全域からのさらなるご応募を来年も期待したいと思います。  

作家・深田祐介さんを審査委員長とし、合田正彦・日本航空株式会社欧州・中東地区支配人と市川博・朝日新聞インタナショナル社長が審査委員を務めた厳正な審査の結果、ここにご紹介する20点の入賞作が決定いたしました。  
ご応募いただいた424名の方に、事務局を代表して、心からお礼を申し上げます。一般の部の最優秀賞を受賞した長嶺慶隆さんには賞状と楯、副賞としてJAL日本往復エグゼクティブクラス「SEASONS」 航空券と朝日新聞アエラ1年分が、小中学生の部の最優秀賞を受賞したBeheim貴士君には賞状と楯、およびJAL日本往復エコノミークラス航空券と朝日小学生新聞1年分が贈られます。また一般の部の優秀賞を受賞した睦スレイニーさんと山 准子さんには賞状、副賞としてクリエイティブ・ツアーズ旅行券と朝日新聞アエラ半年分が、小中学生の部の優秀賞を受賞した衣笠美智子さんと國島大河君にも賞状、副賞としてクリエイティブ・ツアーズ旅行券と朝日小学生新聞または朝日ウイークリー半年分が送られます。  

審査委員長の深田祐介さんの各部門ごとの総評が、3面と4面に掲載されています。  

最後に、新しい年が、この紙面を手にとっていただいたすべての人にとって新しい出会いの待つすてきな年でありますように。



作品中の表記については、朝日新聞の規定に従って、一部手を入れさせていただきました。





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