題名:ゴミはゴミではない

名前:松本 雄介さん

国名:ドイツ

   今から四年前、ドイツのミュンヘンに来たばかりのことでした。何も知らない僕は、家の手伝いとしてゴミを出していました。僕が一つのゴミ箱にゴミを入れ終った時、近くに住んでいたドイツ人に、いきなり
   「何してるんだ」
というようなことを怒鳴られ、僕はおろおろしてしまいました。ドイツに来て間もない時のことですからドイツ語も分からず、とりあえず日本語で、
   「すみません」
と謝ったところ、そのドイツ人は親切にも僕のゴミを分別して捨ててくれました。この時僕は、ドイツ人は何てゴミに関してうるさいんだろうと、ちょっと腹立たしくも思いました。そこまでして何の得があるのだろうとも考えました。  
   ここ、ドイツに四年住んでみて、その理由が少し分かりました。ゴミの分別によって、ゴミを肥料に変えたり、古くなった紙を再生するなどいろんなリサイクルが出来ます。分別は、慣れないうちは大変な様に思いますが、逆に慣れてしまえば、無意識のうちに出来ることです。そうすれば最終的に出る本当の意味でのゴミの量は半分以下になるはずです。  
   ゴミを分別してくれた近所のドイツ人は、言葉の分からない僕のような外国人の子供にも、そういった事を伝えたかったのだろうと最近ふと考えるようになりました。僕が、そんなことを思うようになったのも、ドイツに暮らすことができたお陰かなと思いました。


題名:弱者にやさしい

名前:森川 匠さん

国名:ドイツ

   ある日曜日の夕方のことでした。ぼくが部屋で本を読んでいると、外がさわがしいので急いで外に出てみると、何十台もの大きなトラックがクラクションを鳴らしながら家の前を次々と通っています。ぼくが圧倒されて見ていると、となりのおじいさんが 「体に障害を持っている子を乗せてパレードをしているんだよ」と、教えてくれました。よく見ると中から運転手と子供がこちらに向かって手をふっていました。いつのまにか沿道にも大勢の人が集まっていて、トラックに向かって手をふっています。それに答えるかのようにクラクションの音がひびきわたります。ぼくはとてもおどろきました。それは、かれらがとても明るく楽しそうだったからです。おじいさんに聞くまでは、かれらが障害を持っているなんて思えませんでした。  
   オランダでは、身体に障害を持った人をよくスーパーなどで見かけます。そして、美術館や駅はもちろん、レストラン、映画館などでもです。それだけ設備が整っているのだと思います。駐車場や歩道も広く取ってあり、車いすで楽に通れるように段差もありません。障害があってもふつうの人と全く同じ生活が出きるようによく考えられています。そしてみなが親切です。それに興味本位で接したり、見たりしている人はいません。最近、日本でも道路の段差を無くしたり、駅のスロープなど改善されてきましたが、まだほんの一部分だと思います。日本もオランダのように身体に障害がある人でも暮らしやすいようにして欲しいと思います。ぼくもそういう人たちの心の支えになれたらいいなと思います。


題名:戦争後の傷

名前:上田 裕亮さん

国名:ドイツ

   僕の海外生活はもう六年目になるが、それまでの経験から国民それぞれの性格のちがいに気がついた。特に、ヨーロッパでは、ほとんど英語も通じるし、それぞれの国の言葉も似ている。文化は多少のちがいはあるけど、これもどこか似ている。それなのになぜ国民性がちがったりするのだろう。僕は、オランダの市街でドイツ人の事をじゃましているオランダ人の車を見た事が何度かある。しかも一台の車を五台でじゃましたりする。これは、未だに過去の戦争の事で、まだ戦った国をうらんでいる人がいるという事だと思う。当然日本の事をうらんでいる人もいると思う。しかし、僕が一度オランダの老人ホームに行った時。そこの老人ホームのおじいさんは、日本人軍と戦った事があると言っていたけど、僕達に優しくしてくれた。僕達は、その時申し訳ない気分になってしまった。そして、何だかつぐないをしたい気分になった。そして、今もまた、人間同士がにくみ合わないようになればいいと願っている。しかし、それでも戦争の事実そのものは忘れるべきではない。第三次世界大戦が起きないように。戦争をはさんで人々の性格が変わったのかもしれないし、まだ戦争をやっている国もある。そのためにも僕達、学生もこのことを忘れては、いけないと思う。日本では、原爆をおとされた事や朝鮮、中国へ足をふみ入れた事を二度と起こさないために、忘れてはならないのだ。そうすれば海外で生活している日本人も、もっとこころよくすごせるだろうし、また、世界は一つになると思う。


題名:本当に国際的な日

名前:小町 瞳さん

国名:スイス

   インターナショナルといえば、さまざまな国の人々と関わりを持つことをいう。私は色々な国籍の人と付きあっていく上で、大切な事を学んだ。貴重な経験をした事がある。  
   私の通うスイスのアメリカン・スクールでは、毎年恒例で行なわれるインターナショナル・ウィークという物がある。それぞれが自分の国のグループに分かれ、食べ物を持ちよったり、「我が誇りの国」と自分の国について発表しあったりする物だ。この発表は、毎年大いに盛り上がる。スウェーデン人は思いっきりフィンランド人をけなすし、フィンランド人はそれに答える。  
   「どうしてフィンランド人の北部には人が住まないのか。寒いというのはただの口実、本当はスウェーデンに近すぎるから」 とこんな具合に、皆自信満々だ。アメリカの発表では、アメリカで人気のアメやおかしを雨のように降らせるし(これは痛かった)、イギリスは流りの曲に口パクでダンスを合わせる。その国の古い歴史やカルチャーだけでなく、発表者もそれを見ている人も興味深い物を取り入れるのも特徴だ。  
   もう一つの楽しみは、食べ物の販売だ。この日にかぎって学校の食堂は、日本の満員電車状態になる。先生も生徒も関係なく、色々な国の食べ物をうばい合いだ。特に日本食は、めずらしいだけでなく色や形もきれいなので人気で、すぐに売り切れてしまう。  
   こういう風に発表したり、食べ物を売ったりしていると、案外自分の国についてでも知らなかった事などが学べる。そしてそれが祖国へのプライドにもつながるのだと思う。皆こんなにプライドが高くて他国をけなすこともあるのに、この日は名前通りとても国際的な日に感じられる。それは、自分の国を見つめることで、やっぱり他国とは違うんだ、こんなに沢山の国の人々がいる、と自覚できるからではないだろうか。自分が自分であることを確認するこの日は、私達にとって大切だ。


題名:友達という存在

名前:森有 希恵さん

国名:スペイン

   まだ、一年もたっていません。五年生の時の十二月に、私はスペインにやって来ました。外国に来るというのは、初めてだったので、とてもきんちょうしていました。学校に行くのに勇気が必要でした。
    「どうやって友達と話せばいいんだろう。どんな子たちがいるんだろう」 と、いろんな事を考えていました。みんなが教室にいるので、
   「よしっ。話しかけよう」
と思って、友達に話しました。でも、勇気がなくて話しかけれませんでした。この時、目から大つぶのなみだが出てきそうになりました。でも、女の子たちが話しかけてくれた。うれしくてとうとう目から大つぶのなみだが、こぼれてしまいました。女の子たちは、心配してくれて、トイレにつれて行ってくれました。すごくうれしかったです。女の子たちに話した、最初の言葉は、
   「ありがとう・・・」
でした。それから、女の子たちだけでなく、男の子たちも話しかけてくれました。なんだか、気持がらくになり、楽しくなってきました。  
   そして女の子たちは、私にいろいろ質問をしてきました。「前の学校は、どうだった?前の学校であだ名ってなに?どこから来たの?あだ名でよんでもいい?」 など聞かれました。私は、すべての質問に答えました。私が質問に答えると、みんなうれしそうな顔をするので、私も笑顔で一生懸命答えました。しまいには、私がみんなに質問していました。  
   本当に友達には、なれました。もうどこの新しい友達に会っても、勇気がついたのでだいじょうぶです。今度は、新しい友達に私がやさしくせっしてあげたいです。友達という存在は、大切でぜったいなくならない存在なんですね。スペインに来てよく分かりました。


題名:寮の生活の中で教えられたこと

名前:青木 絵美さん

国名:イギリス

   この前の春休みに私はアレクサンダーという英語学校に二週間ほど行ってきました。そこの寮では、全ての部屋が四人部屋なので、私が泊まった部屋にも二人のアジア人の女の子がいました。一人はジェーン・パークという韓国人の女の子で、もう一人の子はペッチ・ワイクナというタイの女の子でした。  
   初めての寮生活でとまどっていた私をこの二人は助けてくれました。クラスは別々だったのですが授業の時以外は、ずっと一緒にいてくれて、色々なことを教えてくれました。例えばご飯の時は何がおいしくて何がおいしくないかなどを教えてくれました。二人が私を助けてくれているのを見て、私はとても恥ずかしくなりました。なぜなら、私は、人を一生懸命に助けたことがなかったからです。例えば、電車に乗っていてとなりの人が買った物など全部おとしてしまった時など拾うのは助けますが、それは他の人の視線を気にしての行動であって、自主的にしているわけではありませんでした。でも、ジェーンとペッチは一生懸命私が少しでもいい寮生活を送れるようにと助けてくれました。私を気にしている人などいませんから、別に二人は私を助けなくてもよかったはずです。でも二人は人種も違うし、英語もそんなにできない私を必死に助けてくれました。  
   私は、このことから、人種がちがっていても同じ人間なのだから助けあっていくべきだと思いました。自分だって助けてもらわなくてはいけない時は絶対にあります。その時に誰か一人でも一生懸命になって助けてくれる人がいたらうれしいものです。そのことをこの寮生活で私が実感したので、今はどんな人でも困っていれば人の目など気にせずに自分から助けたいと思っています。


題名:マーモットとスイスの自然

名前:大川 想さん

国名:オーストリア

   マーモット。僕はマーモットを見るのを楽しみに、スイスのグリンデルバルトに行きました。グリンデルバルトは、アイガーの見えるアルプスの小さな村です。  
   村のふもとからゴンドラに乗って、マーモットをさがしに行きました。ゴンドラを降りて、バッハアルプ湖までハイキングをする途中に、マーモットの生息地があるのです。しばらく歩くと、数人の人が立ち止まって何かを見ていました。母に聞いてもらうと、マーモットの警戒音が聞こえたというのです。僕はわくわくしながらマーモットの姿をさがしました。しばらく山の斜面を見つめていると、ハイキングコースから少しはなれた岩の上をとてもすばやく動いているマーモットが見えました。ほんの少しだけでしたが、なぜかとても感動して、しゃべれなくなりました。  
   湖に着いたとたん、またびっくりしました。水は青くすき通り、その向こうには雪をかぶったアルプスの山々がそびえたっていたのです。後ろをふり返ると、緑の牧草地が広がっていて、カウベルを付けた牛ややぎがゆうゆうと草を食べていました。そのとき、となりに立っていっしょに見ていた母が
   「スイスの自然というのは、そのままの姿ではないのよ。緑の草原に見える所も、人が牧草を植えて育ててきたあとなの」
と言いました。  
   考えてみたら、僕の乗ったゴンドラも、人が山に手を加えて作ったものです。僕はそれに乗ってここまで来て、素晴らしい風景を楽しんでいたのです。その一方で、工事や大量の観光客によって、動植物は本来の環境をこわされ、数をへらしています。マーモットはそのようなきびしい環境にも適応して生きているめずらしい動物なのです。美しいスイスの自然の中で、人と自然の共生についていろいろと思いをめぐらせました。
 



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