心のバリアー外して
しなやかさ・柔軟さに感銘

一般の部

   日本との違いが際立つのか、テーマの中で目立ったのが、人種差別・老人・病人・障害者とのふれあいである。多様な価値観、多様な人間、多様な生き方をありのまま受け入れるヨーロッパの社会の真の豊かさが垣間見える。
   病院で隣のベッドの老人の死を身近に感じたり、大家さん一家の親切が嬉しかったり、思い込みをやめてベビーシッターをやとって、子育てをエンジョイしたり、など、体験から違いを見いだすだけに止まらないのは、クォリティ・オブ・ライフに日本人の視点が転化してきている兆しではないだろうか。前回の大賞受賞者の鵜飼喜代子さんの作品にもその転換が伺える。前回の作品では、障害者との思いがけない出会いの感動を描いたが、今回は、自分の行動の基準をマナーや習慣ではなく、『自分がされて嬉しいこと』に転換させている作品である。   
   男性の作品は、仕事はともかく生活面では日本の生き方を踏襲してはいるが、慣習の違いに刺激を受け、戸惑っている様子がうかがえる。若者に積極的に口を出そうとか、欧米男性に見習って妻と手をつなごうとか、踏切でエンジンを切ろう、とかいった作品を読んでいると、帰国しても是非ともそれらを実践していただきたいものである。  
   それに比べ、女性たちは益々元気である。勉学に励む人、キャリアウーマン、看護婦、それに、主婦もかつては仕事を持っていた人が多い。『勝負、一本』の奈良涼子さんも前回に続いての応募だが、フランスの生活の中に真っ向から立ち向かって入り込んでゆく姿は、まさしく自負どおり「日本女は強い」。日本だけでなくイタリアの母は強く(『Mamma mia!』)、イ ギリスの母は優しい(『小さな手』)。人種差別をさ らりと「人による」と言い切るのもユダヤ人女性だ (『パリのひったくり』)。  
   しかし、今回、大賞に是非とも推したいのは、Del Grosso 秀子さんの『チャオ・ベッラ(やあ、別嬪さん)』である。長年、東京で英語教師をした後、還暦を迎えて結婚。イタリアに住むようになって、近所の八百屋の「チャオ、ベッラ」の笑顔の挨拶に元気づけられ、今日も紅をさして出掛けよう、という話であるが、ローマの中田のことを気軽に声をかけてくれる子供たちに、嬉しくてアイスクリームを振る舞ったりする姿に、しなやかな日本女性の強さを感じた。  
   優秀作とした根本美紀さんの『老人の権利とは?』と杉田真也さんの『小さな手』は、毅然とした老婦人に老いを肯定的にとらえ、障害児を持つ母親の明るさに、自戒と自省をこめた作品だが、翻って考えてみれば、日本という国が老人や障害者にとってまだまだ生きづらいということか。多様な生き方を受入れ、老若男女、健常者も障害者も共生できる社会が望ましいが、何より心の中のバリアーをなくすことが肝要なのではないだろうか。

 

小中学生の部

   海外生活において、子供たちの一番の課題は何だろうか。習慣の違いや言葉の壁はもちろんだが、どうやら、友達ができるかどうかが大きな関門であるようだ。日本においてもそうだが、ましてや海外に自分の意志でなく行くことになった子供にとって、学校や地域で受け入れられるかは大きな不安を伴う。しかしその分、受け入れられた時の喜びも大きい。国籍も人種も違う相手から親切にされ、今度は自分がお返しをしよう、と決心する子供の心の柔軟さ。それは国境や人種を越えて広がってゆくだろう。また、言葉の壁を実感し、手段としての重要性を体験した子供たちの言葉への取り組み。それぞれの高いハードルをのり越えた後の子供たちの成長には目を見張るものがある。  
   サッカーや音楽、算数といった国際的に通用する特技もあると自信ができるのだろう。しかし、弱者に優しいまちづくり、自然との共生、地域の人々とのふれあいなど、生活の様々な面での異文化体験は、一方で日本という国の有り様を映し出し、将来の展望も見いだせるきっかけとなるようだ。  
   小学生のエッセイには、身近な出会いや家族旅行の思い出などに、新鮮な感動と生き生きとした視線が感じられる。ゴキブリを二匹やっつけただけで、父親と して絶大な尊敬を勝ちえるのは、父としては至福の一時に違いない。家の前のおじいちゃんのやさしさに喜び、ペットを思いやり、語学の勉強に興味を抱く小学生たち。しかし、子供の目は、どんどん外に向かってゆく。  
   スイスにマーモットを見にゆき、スイスの自然が思ったより人手がかかっていることを母に教えられ、共生について思いめぐらせ、サッカーや音楽を通じて、異国を体験し、ゴミ出しを注意されてゴミ問題を自覚する中学生たち。  
   大賞に推したい佐々木友美さんの『未来へ・・・』は、海外に行くことになった不安の中で、日本にいた時の外国人クラスメイトの気持ちを初めて思いやることができ、なぜ、何もしてあげられなかったのだろう、と反省する作品だ。何もできなかった自分が嫌だ、という自分の過去の自責の念が将来、外国人と触れ合う仕事に就きたい、という向学心の原動力となっている作品である。  
   優秀作品に推した『私の好きなオランダ』では、町 の家々に飾り、道行く人にその家の私的な祝い事を示しており、通りすがりの人も気軽にお祝いの声をかけていくオランダを、素直に好きだと言い切れる柔軟な 心が好ましい。もう一つの優秀作品、『既成概念にとらわれず』という作品には、自立の時期を迎え、学校で学ぶ知識にも、国によって差があることに気づき、自分の目で確かめようとする異文化体験者ならではの 視点がある。  
   とかく内にこもりがちな傾向がとりざたされる昨今、日本を離れることによって、友達の大切さ、他人の親切のありがたさ、言葉や挨拶の重要性を実感し、住んでいる国と離れている祖国の二つを常に比較し続けて生活することで、どんな人間になりたいか、どんな仕事がしたいのか、どんな社会がよいのか、子供たちは具体的なものが見えてきているように感じた。貴重な体験と多様な視点を持つ彼らが、二十一世紀の日本をどう変えていくのか、期待したいところである。     

審査委員長 作家 深田祐介





出会い・発見 共有を
32カ国から382の「思い」  
   日本を離れて海外で暮らしていると、だれにでも、毎日暮らしている、あるいは仕事や旅行で訪れる各国の文化や慣習について新たな発見があったり、日本との違いを感じたりすることがあるでしょう。そこで抱く思いも、人それぞれの環境や経験で異なってきているはず。しかし、過ぎゆく日常と忙しさの中、その思いをゆっくりと振り返る機会はそう多くはないのではないでしょうか。  
    また、そうした発見や思いは、同じように海外で暮らす人たちにとってある時には深い共感を与え、ある時には自らの海外生活を振り返る参考にもなり、またある時には同じような悩みを抱く人たちの心の支えにもなりうるものでしょう。  
    「JAL海外生活エッセイコンテスト」は、そうしたさまざまな思いや貴重な体験を立ち止まって考え、エッセイという形で自由に表現してもらうこと、そしてそれを朝日新聞の紙面で発表することで私たち海外に住むわたしたち日本人の共有の体験とし、財産とすることを目的として五年前に開設されました。毎年の入選作品を年のはじめに今お手元にあるような紙面にして発行しています。今日は二〇〇一年一月一日・元旦、二十一世紀が始まる記念すべき日です。このよき日に、八百字にこめられた二十人のさまざまな思いを感じ取り、ご自身の日々の生活を振り返る機会にしていただければ、コンテスト事務局としてこれ以上の喜びはありません。  
   今回の応募総数は三百八十二点。部門別では、一般の部三百十七点、小中学生の部六十五点。国別では、 一般の部ではイギリス(百七点)、フランス(五十三 点)、ドイツ(二十九点)、小中学生の部ではドイツ(十八点)、オーストリア(十四点)、スイス(八点)が上位を占めています。またロシアからの応募や、欧州以外でもアラブ首長国連邦、ヨルダン、クウェートなど中東諸国や、ケニヤ、ナイジェリア、コートジボワール、ガーナ、エチオピア、ウガンダなどアフリカ諸国からの応募も多く、昨年を大きく上回る三十二カ国からの応募が集まりました。このコンテストが、対象としている欧州・中東・アフリカ全域に着実に定着しつつある様子がうかがえます。  
   作家・深田祐介さんを審査委員長とし、池内富男・日本航空株式会社欧州・中東地区支配人と市川博・朝日新聞インタナショナル社長が審査委員を務めた厳正な審査の結果、これまでのページでお読みいただいた合計二十人の入賞者・入賞作品が決定しました。
   ここまで入選作品をお読みいただいて、皆さん、どのようなご感想をお持ちになったでしょうか。日本では経験し得なかったような他人とのふれあいが、それに真っ向から反するような人種差別への驚きが、そして異なる文化を受け入れる社会の成熟度が、「日本との違い」という明確な視点から、感動や、驚きや、さまざまな思いとともに生き生きと描かれていることにわたしたち事務局は感銘を受けました。同時に、こうした異なる文化の中でたくましく生きている在留邦人の仲間たちの姿にも深い感動を覚えます。皆さんもきっと、ひとつひとつの作品をお読みになりながら「こんな経験、私にもある」「私も同じことで悩んでいた けど、同じ経験をしている人がいることがわかって、勇気付けられた」など、ついつい日常にまぎれてしま うご自身の「思い」を振り返る機会にもなったのではないでしょうか。  
   わたしたち事務局は、特に、小中学生の部の生き生きとした作品たちに大きな喜びを感じました。小中学生の作品たちには、異文化を「発見」した驚きや感動、そして外国人の友人たちと心を通わせた喜びがあふれています。彼らや彼女たちが、将来の日本と海外との「かけ橋」になってくれることをわたしたちは確信します。同世代の仲間たちの作品を読んでくれた小中学生の皆さんは、どんなことを感じましたか。「僕はもっとすごい発見をしたよ」「こんなことがあるなんて、知らなかったな。私ももっといろんな世界を見てみたいな」「私の学校の友だちは、もっともっとすてきなんだよ」・・・・・・そんな思いを、大切にしてください。そして、次の機会に、こうしたエッセイや、ほかのいろいろな形で、私たちやまわりの大人たちに教えてあげてください。きっと皆さんが大人になるためのすてきな、すてきな財産になるはずです。  
   来年以降も、今年以上にすてきな、宝石のようなエッセイたちと出会えることを、事務局一同、願ってやみません。新しい年に、皆さんはいったいどんな新しい発見を、どんな新しい出会いをするのでしょう。ぜひ、私たちに教えてくださいね。 
    ご応募いただいた三百八十二人の皆さんに、事務局を代表して、心からお礼を申し上げます。一般の部で 最優秀賞を受賞したDEL GROSSO 秀子さんには賞状と楯、副賞としてJAL日本往復エグゼクティブクラス「SEASONS」航空券と朝日新聞アエラ一年分が、同じく小中学生の部で最優秀賞を受賞した佐々木友美さんには賞状と楯、副賞としてJAL日本往復エコノミークラス航空券と朝日中学生ウイークリー一年分が贈られます。また一般の部の優秀賞を受賞した根本美紀さんと杉田真也さんには賞状と副賞としてクリエイティブ・ツアーズ旅行券および朝日新聞アエラ半年分が、小中学生の部で優秀賞を受賞した浜田真子さんと桜井絢香さんには賞状と副賞としてクリエイティブ・ツアーズ旅行券および朝日中学生ウイークリー半年分が送られます。また佳作に入選した十四人の皆さんには賞状と副賞として朝日新聞ノベルティーグッズが贈られます。残念ながら選にもれたそのほかの三百六十二人の皆さん、ここでは発表できませんでしたけれども、すてきな作品ばかりでした。  
   最後に、新しい年・新しい世紀が、この紙面をお読みくださったすべての皆さんにとってよい年・よい世紀になりますように。                

(コンテスト事務局)  

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   作品中の表記については朝日新聞の規定に沿って一部、手を入れさせて頂きました。




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