| 「ほらね」と、まるで湿疹か何かそんなものを見せるように彼女が袖をめくりあげた赤ちゃんの左手の先には、関節がない豆粒大のものが五つ付いているだけでした。彼女があまりに屈託なく示したので、私は何と言っていいのかわからず、只その明るい雰囲気を壊さないように努めるだけでした。
彼女と出会ったのは出産前の母親(両親)教室でした。クラスでは一度隣に座った事がある程度の知り合いでしたが、その日はお互い母親になった事で多少同志的意識もあり、赤ん坊の検診で訪れたクリニックで久し振りの再会を喜び合ったのでした。
ピンク色の唇とくりくりした青い目を持つその男の子は、まさにお世辞抜きの“ゴージャス”。そして、そんな男の子を彼女はとても誇らし気にしている様子でした。「六ヶ月になると手術を受けられるのよ。今はそれを待っているの」と、手術の事など話していると、「まあ、かわいい!調子はどう?」と、幼児を連れた女性が会話に加わってきました。するとまた彼女は「元気よ。でもほら」と、赤ちゃんの袖をめくり始めたのでした。
「手術が上手くいくといいね」と別れ、クリニックを出た私は、その日の久し振りの青空同様晴れ晴れとした気分になっていました。個々の違いを違いとして主張し、それを受け入れようとする社会。そんな様子を目の当たりにしたので、「ここでの子育ても悪くないか」と、何か吹っ切れた気持ちになっていたのでした。
以前はよく人種、文化、言葉の違いで海外での子育てを不安がり、何かにつけて不平を漏らしていた私でしたが、人との違いを恥ではなく誇りに出来るこの社会がだんだんと居心地良くなり、周りと違う息子もきっと受け入れられるという自信のようなものが持てるようになりました。と同時に、あの小さな手を思い出し、あの時戸惑った自分に心が痛むのでした。 |