| フランスに滞在して三カ月目、わからないことだらけである。
今日も先生の言っていることがわからなかった。みんなの言ってることもわからない。言葉の壁は厚い・・・。
語学学校の帰りの電車で、わからないなりにも心を閉ざすのだけはやめようと考えていた時である。
車椅子に乗った一人の男性が電車に乗ってきた。彼は丁度私の前の踊り場に位置をとった。電車が大きくカーブしたとき、彼の車椅子が不安定に動いた。それはほんの少しだったかもしれない。がとっさに手が出て、車椅子を支えていた。
彼はこちらを見て、かすかに「メルシー」と口もとを動かした。ほほ笑みと共に。でも彼は上手くほほ笑むことが出来ない。重度の障害のため表情を作ることがとても難しい。
私は心の中で叫んでいた。「無理しなくていい。そんなに頑張って笑顔を作らなくていいよ」
心を閉ざさないことに疲れていた自分自身も発見した。
「無理はやめよう」
無理?でも、彼は笑いたかったに違いない。自分はどうなの?本当に無理をしているの?
そんなことを考えているうちに、電車に乗ってくる人に押され彼から離れた所に流されていた。
次の停留所で降りようとしながら、こちらを見ている彼が目の端にうつった。目があった瞬間、遠くからフランス語になっていないフランス語が聞こえてきた。「オー・ヴォワール」一生懸命叫んでいた。
私に挨拶したい彼の気持ちが伝わってきた。
彼にとって挨拶をすること、気持ちを伝えることがどんなに難しいことか。
私だって気持ちを伝えたい。
言葉はそのためにある。表情は人間の気持ちを伝える大切なものである。言葉は習うためのものではなく伝えるためにあるんだ。
降りていった彼が電車の中から見えた。
一瞬の出来事が自分の気持ちを一転させた。気持ちを分かちあおう。自分を表現しよう。彼のように。 |