| 「キャー」と叫んだ私。それは、五年前、私が一年生の時、日本人学校のスクールバス発着所で、たむろしていたストリートチルドレンに、手に持っていた人形をとられてしまった時だ。よく覚えていないが、恐かった事は時々思い出す。
だから、映画や食事で街中に行った時、道端にいるストリートチルドレンを見ると、きたなくて、あわれでそして私にはとても恐かった。
母の友人にケニアの孤児やストリートの貧しい人の救護活動をしているNGOを主催している方がいる。去年の夏休み、そのNGOの方達といっしょに、スラムの中で、ストリートチルドレン達に給食配りをした。小さな子、大きな子、皆、並んで、給食の煮豆をもらい、NGOのお姉さん達と遊んでいた。でも私はシンナーを吸いながら、「オーマイフレンド」と寄ってくる男の子達が恐くて、すぐに車の中に入ってしまった。この子達が悪いわけじゃない、かわいそうな子達なんだ、と思ってもやっぱり恐くて、ちょっと気持ち悪かった。いっしょに遊んだり、傷の手当てを手伝っている兄を見て、私は自分が、情けなかった。
先日学校で、そのNGOの方の講演会があった。その方ははじめに、紙のケーキを一つ出し、「このケーキをナイロビの人が食べます。この十分の九は、人口の一割の金持ちの人が食べ、残りは、その他の九割の人が分ける」と話された。何ということだろう。スラムに住む人口の半分の人達は、それでも一生けん命に小さな事にくよくよせず、どんな仕事でもしてお金をかせいで生活している。
私は今、大きな家で不自由なく暮らしている。こんな私が小さな事で悩むということは、なんてつまらないのだろう。今度給食配りに出かけたら、私はストリートの子供たちといっしょに遊び、笑いかけることができると思う。彼らも、私も同じ地球の上に生きる人間なのだから……。
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