題名:いろんな人達

名前:武井 藍可さん

国名:フランス

   私が日本をはなれてフランスに来たのは五歳の時です。フランスに来ても日本とどんなちがいがあるか気付きませんでした。なにしろ五歳ですから。でも街の中では色んな国の人が歩いてます。どうして一つの国の中に色々な国の人がいるんだろうと思いました。日本では日本人しかいないのですから。フランスにきたおかげで、どんな国の子供とでもいっしょにあそべます。別に変わりのない人間だということが一番の経験でした。
   それにフランスでは日本より大人も子供も自由に生きているように思います。毎日塾や、家庭教師について勉強しなくてもいいし、自分の夢は親とは関係ないのです。牧場で働くのが夢だとか、お手伝いさんになる夢とか。
   フランスでは日本に少ない職業もあります。手品師とか、サーカスで働くとか、変わったことができる人がいるのです。空中ブランコをする人、つなわたりをする人、そしてそういう人はふつうの人より色々なことをしっています。まずしくっても平気だったり、物をあんまりもたずにキャラバンの中でくらしていたり、テントで生活したり。そして自由のすばらしさを知っていたりします。今私たちは学校で歴史の勉強をしています。どうして今私たちがこのような生活をしているかもっとくわしく知るためです。
   外国では宗教を日常生活の一部にしています。毎日教会に行く人もいれば、毎日五回ぐらいお祈りをする人もいます。そして小さい子供でも宗教の大切さを知っています。宗教は心の支えにもなっているのです。宗教は国によって違います。そして宗教を守ることは決してかんたんではありません。ブタ肉は食べてはいけない、一週間太陽が出てる時は何も食べてはいけない、など色々な規則や約束ごとがあります。そして宗教が違うせいで戦争になることもあります。人間はみんな同じだから戦争のない時がくるように私も努力したいと思っています。


題名:夏の音

名前:石塚 恵さん

国名:オーストリア

   セミの鳴き声を聞くと、夏の到来を感じます。そしてその鳴き声は、実際の気温よりもさらに暑さを感じさせてくれます。体は自然に涼しさを求めています。
   ウィーンは一年中静かな街です。夏になってもセミは鳴きません。その分、日本と比べて暑さもあまり感じないように思います。緯度や湿度も関係ありますが、このセミの鳴き声も大きく関係しているように思います。
   ウィーンに来て三度目の夏。忘れていたセミの鳴き声を聞いたのは、夏休みに家族でギリシアに、旅行をした時でした。クノッソス宮殿に行ったときは、日ざしが強く、大変暑い日でした。そこはセミが大声でうるさいくらい鳴いていました。それを聞きながら、私は日本の夏を思い出し、一人汗をふいていました。
   セミの鳴き声が暑い夏を感じさせてくれるのとは反対に、夏を涼しく感じさせてくれる音もあります。例えば風りんです。風りんの音を聞くと、耳もとを涼しい風が通り抜けていく気がします。クーラーがなくても涼しさを感じます。昔の人は、そんな音で涼しさを感じていたかもしれません。
   夏の音といえば、他にもたくさんあります。花火の音もそうです。夜空に打ち上げられた大きな花火は、夏そのものです。水の音もそうです。海の音、プールの水しぶきなど、これも夏の音だと思います。
   日本では、夏の音がたくさんあります。四季それぞれに音があり、変化がある国です。今年、私はウィーンで夏の音をさがしました。観光客でにぎわう街中。お店の外にテーブルを出し、そこで食事をしている人たちのにぎやかな声。それくらいしかさがせませんでした。今年の秋から、ウィーンの四季の音をいろいろさがして、日本と比べてみたいと思いました。



題名:ふしぎな言葉

名前:川口 恵里佐さん

国名:オランダ

   わたしのおかあさんは、イタリア人です。おとうさんが、おしごとで、イタリアにいって、二人は、しりあったそうです。そして、わたしは二人が日本のいとうにいるときうまれました。わたしは小さなころとてもえらかったからなんでもやらせてくれました。だから、かぜをひいたときも心配してくれました。そして、わたしがねているときいつもちかくにいてくれました。日本でとてもたいへんだったんだと思います。わたしとおかあさんは家でイタリア語で話しています。そして、ときどきイタリア語の話しを読んでくれます。ねるときに、ふしぎなランプの話しを読んでくれたり、ふしぎな話しをいっぱい読んでくれます。とても楽しい話しばかりなのでだいすきです。
   イタリアのおばあちゃんの所にいくとおもしろいことがあります。おばあちゃんとおかあさんはおやこです。なのにおばあちゃんとおかあさんは話す言葉がちがいます。おばあちゃんは、シチリア生まれで、おかあさんはミラノで生まれました。だからイタリアなのにちがう言葉をつかっています。わたしはふしぎだと思います。
   世界には、イタリア語、オランダ語、日本語、などがあります。そのぜんぶに、いろいろな話し方があるから、おもしろいです。でも、わたしは、おばあちゃんのイタリア語ももっとしりたいと思います。どうしてかと言うと、おかあさんがしゃべってるイタリア語をわすれたら、おばあちゃんがしゃべってる言葉をつかえるからです。日本の人も日本じゅうあちこちりょこうしてもその言葉でしゃべれたらいいと思うので、みんなぜんぶしっておいたほうがいいです。    言葉っておもしろいなあ。



題名:オランダのトラム

名前:山上 龍一さん

国名:オランダ

   ぼくは、オランダに来てから、だいたい、四年半ぐらいいます。オランダには電車がないけれど、そのかわり、トラムと言うのり物があります。
    ぼくは、お母さんとお父さんと弟のかずまさでトラムにのりました。ぼくは、チケットをどうするのかわからないので、おかあさんに、 「チケットどうするの?」 と、言いました。 「スタンプをおしてくれるきかいの中に入れるのよ」 と、教えてくれました。  
   さっそくやってみました。チケットをスタンプをおしてくれるきかいの中に入れました。「チンー」と音がしてスタンプがおされていました。ぼくはこんなきかいがあってすごいなあと思いました。車しょうさんがいないのでぼくは、ふしぎです。  
   のるときやおりるときはボタンを使ってドアを開けたり閉めたりします。ぼくは、なぜ、自動ドアじゃないのかなあと思います。
   ぼくは、オランダをのんびりした国だと思います。けれど、ぼくは、オランダの人は、自分のことは自分でやった方がいいよと言っているような気がします。



題名:とまどい

名前:高崎 智弘さん

国名:オーストリア

   ぼくは、ウィーンで生まれ育った。そして一歳半、二歳半、三歳半に日本に一時帰国した。
   それから次に一時帰国したのは、小学校三年生の時だった。日本に着いた時に、お母さんが二つ教えてくれた事がある。その一つ目は、玄関でくつをぬぐ事、二つ目は、ふろの湯の中で体を洗ってはいけないということだ。この二つだけはしっかり守った。しかし、おふろから出る時におふろのせんをぬいてしまった。そうしたら、おばあちゃんが、
   「あら智弘ちゃんえらいわね、ウィーンではちゃんとおふろのせんをぬいているのね」
   とほめてくれた。だがしかしお母さんが、
   「おふろのせんは、みんなが入り終わるまでぬかないのよ」
   と教えてくれた。その時、ぼくはおこられてもいないのにすごいショックを受けてしまった。ウィーンでは、おふろの湯の中で体を洗ったりするのだ。そして一人が入り終わると、せんをぬく。
   それからこんなこともあった。電車が来てドアをあけようとしたらかってにドアがあいてしまった。思わず
   「えっあいちゃうの」
   と手を引っこめてびっくりしてしまった。ウィーンでは電車の乗り降りの時にボタンをおして開けたり、取手で開けたりする。
   それから、こんな事もあった。タクシーに乗ろうとしたら、ドアがかってに開いてしまって、そして乗ってから自分でしめようとしたらタクシーの運転手が、
   「ぼくあぶないから手をださないでね」
   と言われてしまった。日本のタクシーは、自動ドアだということを知らなかった。ウィーンのタクシーは自分でドアを開閉するのだ。このように三年生の時にはいろいろと、とまどってしまった。



題名:悲劇の跡を見て

名前:土岐 岳大さん

国名:オーストリア

   プラハにあるシナゴーグを見学した時、出口で十七歳ぐらいの男の人が声を上げて泣いていた。シナゴーグとはユダヤ人の教会で第二次世界大戦中に死んだユダヤ人の名前や何歳で亡くなったかなどが壁にぎっしりと書かれていた。
   男の人はきっとユダヤ人なのだろう。自分の先祖が殺されたのかもしれない。それでなくても同じ民族が殺されたのが悲しかったに違いない。
   殺されたユダヤ人の中には、僕と同じくらいの年齢の子供もいた。シナゴークの中にはその子達の描いた絵が展示してあった。どうして罪もないのに殺されたのか。
   次の日、テレジーン収容所跡を見た。墓はちゃんと整備されていたが、ものすごい数であった。シナゴークで見た絵はここに収容された子供たちが描いたものだ。 なぜ人間は戦争をするのだろうか。戦争なんて何も残らないし人が多く死んでいくだけだ。僕には人が野蛮な生き物に見えてきた。日本人だって戦争中に韓国や中国の人を沢山殺した。どの国の人だって、自由を束縛したり、殺し合ってはいけないと思う。
   僕は、ウィーンで暮らすようになって三年目だ。ヨーロッパの人達は五十年以上も前の戦争の悲劇を建物など色々な形で残している。日本のことはあまりよく知らないけど、ユダヤ人に対する罪のつぐないを続けようとしている。旅行とか学校行事を通じて色々な国の人と触れ合いながら、僕は人間が一人では生きていけないということを知った。人と人が手を取って、大きな世界規模の人の輪を作るのが大切だと思う。
   日本人である僕は、これから日本という小さな国にとどまらずに、世界に出て行こうと思う。世界から戦争をなくさせる仕事につきたいと思う。



題名:わたしはバイリンガル

名前:大山 はなこさん

国名:イギリス

   私の名前はハナコ。十歳の女の子です。お父さんはイギリス人で、お母さんは日本人です。弟のトムは八歳、いっしょにレイベンスコートという学校に通っています。そして土曜日は日本人学校へ行っています。家では、お父さんとは英語、お母さんとは日本語で話しています。弟のトムとは英語のほうがちょっと多いけれど、でもお母さんがいっしょの時はかならず日本語です。というのもお母さんのまえでは日本語ときまっていて、ちょっとでも英語を話すと日本語! 日本語! とどなるので、ほんとうにこわいのです。でもそのこわいお母さんのおかげで私はいまバイリンガル! みんな、「ハナちゃん、日本語じょうずね」といってくれるのが私のじまんです。
   私のいちばんのたのしみは、毎年おばあちゃんのいる日本へいけることです。イギリスもこうえんとかいっぱいあっていいけど、でもこどもだけでは出かけられないし、学校もいつもお母さんのおむかえがいります。日本ではスイミングスクールへもひとりでいきます。おばあちゃんにかってもらったじてんしゃにのって。おばあちゃんのおうちから駅までは、あるいたら十分ぐらい、でもじてんしゃだと三分しかかかりません。駅にはわたしの大好きなピーチクラブがあります。ここには、女の子のだいすきなものがいっぱいあります。かわいいおさいふとかすてきなノートとかだいすきなドラえもんグッズとかきれいなふでばこ、まだまだいっぱいあるのです。てんちょうさんとは、わたしが毎年行くのでいまはお友達になりました。いつもお店のおてつだいをするとかえりにえんぴつやシールをくれたり、プリクラをさせてくれます。イギリスではどうしてこどもだけでいろんなところへあそびにいけないのかなあ。日本の子みたいにじてんしゃにのって「ハナちゃん、あそぼう」ってさそいにきてくれないかなあ。



 



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