目立つ女性の前向きさ

一般の部

    今回も外国人からのエッセイの応募があったが、韓国のチャン・ファローさんのエッセイは、韓国、英国、日本という三つの異文化に全身全霊で真っ向からぶつかり、自らを省みてくるしみながらも変身してゆく迫力とパワーに溢れている。また、もう一人、スペインのジョセフ・グリフォール・イサウリさんの「日本へいこう」は憧れの国に旅立つ喜びと興奮、出会いの感動が新鮮である。日本人の海外滞在が日常茶飯事のレベルになってきた今日、異文化との出会いにも暮らしへの適応ぶりにも随分とゆとりがあるように感じられた。滞在地での交流は、とまどいながらもむしろ楽しんで受け入れ、自分なりの主張も表現できている。
   時代を反映してか、ボランティアの活動家あり、ホテル経営者あり、専業主夫あり、また海外で自分の夢にむかってチャレンジする人あり、と海外生活者も多様化している。
かつて「身は海外、心は日本」、というマリオネット的滞在が多かったのに比すると、海外生活にやすやすと「ソフト・ランディング」しているように見受けられる。
しかし、「パリの秋刀魚」の落語風エッセイではないが、海外経験の反動でジャパン回帰する人も少なくない。そうでなくとも、装いも食事習慣もマナーも西欧化して何ら痛痒も感じない国際通であっても、案外、「靴を脱いで」暮らしている人が多い。千年以上体に染みついている日本人の生き方であり、先祖代々、染みついた生き方は変わらないのかもしれぬ。
結論的には冒頭に挙げたフォローさんの「英国、韓国、日本、そして私があった日本人」を是非優秀賞に推したい。ここには英国で学びつつ新しい日韓関係に思いを馳せるに至った心境が迫力を持って描かれている。
   優秀賞にあげた「五十年前の扉」というエッセイは、五十年前のキッチンの扉を取り寄せたという老ドイツ婦人の注文と、それに対応するキッチンメーカーの日本人というだけの話なのだが、五十年前のキッチンの扉をさも当然のこととして注文するその生き方は、我々に染み付いた生き方とはまったく異なる。どうしてもかみ砕けない小石、核としてゆるぎない中心部。しかし、対応する日本人がたまげつつも嬉しく思う様に、どうしても融合できないものを、打ち消すまでもなくつぶすまでもなく、もしてや真似するわけでもないが、ありのまままを楽しむ余裕に、優秀賞を贈る所以である。
   おなじく優秀賞にあげた「自動ドア」も、車椅子の夫が「プロサッカー」の監督になりたい」という夢のため、安定した職をなげうってのスペイン滞在にもかかわらず、夫と一緒だと町中の扉が自動ドアになるような感じ、という描き方に、心温まる爽やかさを覚えた。総じて今回もまた、女性たちが前向きで現実的なのが印象的であった。

 

現実見据える確かな目

小中学生の部

    子供たちにとっての異文化体験とは、日本を、そして自分を考え直す絶好の機会なのかもしれない。総じて、子供のエッセイの方がものごとの根本を見据えているようだ。自分が住んでいる国と自分の中にある日本。絡みつついつか一本の太い縦軸となって行く。トラムの切符から、オランダ人は自分でできることは自分でやった方がいい、と思っているらしいと、推察できる知性。毎日、笑顔で挨拶をされて嬉しく思っていた少女が、日本にもどったら、きっと自分も笑顔で挨拶しよう、と決心する感性。
   少年少女や若者にとって、イギリスのロックバンド、オアシスに心酔したり、サッカーに熱中したり、共通体験は国境を超えている。
母国語外国語に止まらず、方言までに興味を覚える好奇心、日本の四季の音とウィーンの四季の音を比べようとする音楽性など、海外体験は子供の成長にとってどれだけの役割を果たすのだろうか、計り知れない。
   宗教や人種差別、戦争や平和など、今の日本の若者たちなら、オープンに議論することを恥ずかしがるかもしれないが、(そのこと自体が恥ずかしい ことなのだが)子供の目はしっかりと現実と将来を見据えている。画一的な教育にさらされる日本に比べ、海外で生活すること自体が、多様なものの見方、自分を表現する大切さ、の訓練の場に他ならない。共稼ぎの母親と離れて暮らすがまん、自ら偏見を克服した喜び、かつての自分を反省する勇気、自然の美しさ、人情の温かさ、一つ一つのエッセイにそれぞれの心の有り様が極めて明確に表現されている。

審査委員長 作家 深田祐介






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