題名:五十年前の扉

名前:平松 武文さん

国名:ドイツ

   コッホさんが店に入ってきたのは低くて重い曇り空に白いものがチラホラする冬の夕方だった。道路の凍結を心配して早めの帰り支度をしつつ、つとみると入り口に老婦人が立っている。年の頃七十五位か、背筋をシャンとのばし、小造りで上品な顔の上に緑の羽根飾りのついた帽子をかぶっている。近づくと本人は微笑んだつもりで表情がちょっと崩れたが、強いまなざしと引き締まった口元がドイツ風で、ちょっと威圧されたまま椅子をすすめた。
   用件を問うに、キッチンの吊戸棚の扉板が壊れたので交換したい、メーカーはこれ、大きさはこれこれ、モデル名はこれと持参のメモを見ながら老婦人はゆっくりと言い、いつできるかと尋ねる。メーカーはまちがいありません、大きさも大丈夫です、ただモデル名がいささか不審です。ちなみにお買い求めはいつと尋ねて思わず、えっと聞き返した。
   あれはデーニッツ(ドイツとは言わなかった)の降伏から丁度二年後だったから、一九四七年の五月、まだ瓦礫の山の残るデュッセルドルフ中央駅頭のインテリアハウスという店で求めたがもうその店はない。
   ドイツで「百万自動車」と言えば百万マルクの車などでは無く、百万キロ走破車を指す。百万キロといえばどんな走り好きがのっても最低二十年はかかる。ドイツのメーカーはひょっとしたら二十年以上前の車の交換部品の請求がくるかもしれない事を一応頭のはしっこに入れておかないとユーザーが引かない事百も承知である。しかし、二十年前はともかく半世紀前となると…。
   四カ月経った春先のある日、コッホさんは再び来店し、めでたく所望の扉を手に入れた。キッチンメーカーは最初たまげて、次第にのめり込み、最後はほとんど楽しげに特製プレート入りの一枚の板を完成させた。しかし、私がもっと嬉しかったのは、終始格別の礼を言うわけでもなく、さも当然のごとく一枚の板を持ち去ったこの老婦人の立ち居振る舞いにあった事は言うまでもない。





題名:自動ドア

名前:羽中田 まゆみさん

国名:スペイン

   「スペインのバルセロナには自動ドアが多い。それも手動式のものがね・・・・・」 先日、主人の晩酌につきあいながら、こんな話題で花が咲いた。 バルセロナに移り住んだのは九五年十一月。主人のプロサッカー監督になりたいという目標のためである。
   「本場で本物を見たいんだ」
   この口癖とともに、県庁職員という安定した職を捨てての挑戦だった。来た当時は右も左も分からず、スペイン語すらままならなかった私たち。いつも不安が隣り合わせにあった。そんなとき心の支えになってくれたのがバルセロナの人たちの何気ない優しさだった。
   買い物帰り両手にビニール袋を下げてアパートの入り口を開けようとすると、通りがかりの人が手を貸してくれる。
   「グラシアス(ありがとう)」
   感謝の気持ちをあらわすと、爽やかなウインクがかえってきた。また主人といると町中のほとんどの扉が、自動ドアになるような気がした。障害者の主人は車椅子に乗っていて歩くことができない。バルセロナの人たちはそんな姿を見かけて、決まって扉を手動式の自動ドアに変身させてくれる。
   「さあ、どうぞ」
   主人は感激のあまり「グラシアス」を連発するのが常なのだ。
   私はこの国の人たちの生活に余裕を感じる。それは金銭的なものではなく、自分の身体の中に流れている時間を守りながら過ごしている、ゆとりなのかもしれない。
   「自分もだけど、日本人の多くはいつも急いでいるようで、街で困ったときに声をかけるのが難しいよ」
   そう言って、主人は私にリオハのワインをついでくれた。


 


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