| この夏、父の二回目の来蘭は思いもよらぬハプニングから始まった。前回の経験と己の方向感覚を過信した父は初日の朝、「ちょっと散歩する」と出かけたまま一時間たっても二時間たっても戻って来なかった。迷子・事故、はたまた誘拐?と慌てた家族は車や自転車で捜し回るが何の手掛かりも得られない。その間、父がどんな経験をしたのか、父に代わって記録する。
散歩に出てしばらくすると雨が降り出した。日本人はオランダ人と違い、雨に濡れるのを嫌う。父も雨宿りした。それがいけなかった。ただでさえ街並みは似かよっている。目印もない。迷子だ。我が家の住所も電話番号も知らない。知っていたところで流しのタクシーはなし、公衆電話も少ない。八方塞がり、だが道行く人に聞いてみた。「Police
Box?」父の頭では交番のことだ。もちろん交番などない。皆すまなそうに肩をすくめる。すると三人目のスクーターの若者がOKと父を後ろにまたがらせ外事警察へ連れて行ってくれた。感謝の意を表したい、と財布を取り出したが若者はさわやかにも立ち去った(実は持っていたのは日本円のみだ)。今度は警察内で知る限りの英語を駆使する。「マイせがれキヤノンビジネスマン」。これを繰り返す。そのうち困り果てた警官がパトカーを走らせキヤノンへ連れて行く(五年半住んでいる私も、いや一生住んでるオランダ人だって乗ることはまずないだろう)。さて次は守衛が困った。折しも土曜日、日本人はいない。このオヤジはニコニコしながらも必死で「マイせがれキヤノンビジネスマン」を繰り返している。なす術もない。できるのは「コーヒー飲むか」とサービスしてやることだけ。「サンキュー」も話せる父が三杯目のコーヒーを御馳走になったところで運良く日本人が休日出勤をして来た・・・。これらは偶然か?偶然もある、が多くはオランダ人の親切の賜物だ。これ以後家族にはさんざん嫌味を言われることになる父だが、それ以上にオランダ人の良さを知る良い機会だったと自慢にすらしている話である。
|