| 「ああ、どうしよう。絶対に退屈するにちがいない」。リビエラ海岸八日間コースの申し込みをファックスしながら、私はもう後悔していた。「イタリアの海でずっと遊びたーい」という息子達の言葉につられ、うっかりドイツ的プランにしてしまった。
夏の天気が不安定なのでドイツ人は民族移動さながら太陽を求めて南下し、海岸やプールサイドで見事に何もせずゴロゴロして二〜三週間すごす。夫はドイツ人だが、結婚以来、いつも日本的な短い周遊型の休み方をしてきた。所詮、東洋的なドイツ人と西洋的な日本人の間で引力がはたらいて一緒になったのだから、仕方がないだろう。
私の子供時代、日本は高度成長期のまっただ中で、働け働けムードだった。レジャーという言葉は無いに等しく、休むこと自体「悪」とみなされていたような気がする。だから、親と泊り掛けで旅行に行った覚えもない。体得しなかったものは出来っこないと自分に言い訳してみる。
いよいよバカンス開始。白い砂浜が続く歴史ある避暑地という話だったが、意外にも宣伝通りなのでかえって驚く。二〜三日は物珍しいから退屈しなくていい。とうとう恐れていた後半に入った。するとどうだろう。心身がすっかり休暇モードになっているではないか。時の流れも頭の中もゆっくり。会社のことも忘れ、いつもは追い立てている息子達にもやさしい。大袈裟に「無」の境地とはこれに近いことかと思ってみたりする。
ミュンヘンへの帰途、私は今まで体験したことのないすがすがしさ、心の底から沸き上がる幸福感に浸っていた。ヨーロッパ的休暇にどこか冷やかだった私が、十五年してようやく現地化できたということか。ああ、休暇とはこういうことか。味をしめた私は「次は二週間!」と隣で運転している夫に高らかに宣言した。
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