■一般の部
 

 今回で12年を迎える「JAL海外生活エッセイコンテスト」だが、海外に出かけることが少なくなってきた身にも異国異文化の中で葛藤し・奮闘し・成長してゆく同胞の姿が感慨深い。以前なら多くのエッセイに綴られる感動体験に「わかる、わかる」と共感したものだが、最近では以前の海外駐在での体験では測り知れない日本人の生き方に驚かされることが多い。一口に海外で暮らすといっても、実に多様な生き方があるのだ。子育て終えた後にメソポタミアを学びなおす女性(優秀賞に選んだ椎木晴江さん)の向上心や、一人自活して料理に奮闘する画家の男性(「山芋とわさび」竹山榮一氏)の奮闘振りには底知れぬ熟年パワーを感じてしまった。また異国での出産・子育てを書いた作品には、男には到底測り知れない強さを感じる。その他、若い世代では日本育ちでありながらイギリス現地校の教師をしていたり、イタリアの少年院で演劇指導をしている女性など、思わずどこでどうしたらこんなことができるのだろうか、と思ってしまうとしたら時代の変化について行けていない証拠だ。

  コンテスト当初のころに比べ、自分のコンプレックスや弱点など隠さずに表現する人が多くなったと感じる。男だ女だ、仕事だ家庭だ、と対立・区別する図式ではなく、今の世代は仕事もプライベートも人生に不可欠なものとして縦糸と横糸のように織り込んでゆく。プライベートを語ることはもとより、子育ての試行錯誤を愚痴るのも、息子自慢をさらけ出すのもためらわない。自分自身を語ることに素直になってきているのかもしれない。

  初めての海外生活者のエッセイには不安と期待が入り混じった瑞々しさと若さがあり、何年も続けて投稿してくださる方々のエッセイには歳月を重ねて熟成してゆく人生の深い味わいがある。一旦故郷を離れると二度と戻れない、と言った先人がいるが、それは新しい体験を重ねれば元の自分のままで有り続けることはできない、ということなのだ。外の世界はテロの脅威・自然の大災害・先の見えない不安定な政情など、刻々と変化し続ける。帰る場所「日本」は自分の中にしかなく、それぞれの出発は自分自身の新しい故郷作りと言えるのではないだろうか。

■ 最優秀賞 ■ 「笑顔の秘密」 菅沼 真澄 (イタリア)

 洗濯機のホースが外れて水浸しになって焦った必死の形相から笑顔でいられるようになるまでの展開が映画のように鮮やかでドラマチックだ。不安と緊張の海外生活から一変して人生を謳歌しているような笑顔なのだろう。サナギが蝶になったという位の変身振りだ。しかも自分が周りに支えられていることを片時も忘れない姿勢が周囲をさらに温かく包んでいく。読む側の心も温まる作品だ。

■ 優秀賞 ■ 「贈り物」 萩原 久美子(フランス)

 子供をバイリンガルに育てようとする努力とは、自分のルーツへのこだわりかもしれない。あるいは作者が言うように責任や義務なのだ。しかしそれではぎくしゃくするばかり。そもそも親が子供に何か教えようとするとイライラが募る。母からの最高の贈り物として「日本語」を贈ろうという余裕はきっと親子関係を好転させることだろう。贈り物の価値を理解するにはもっと時間がかかるかもしれない。

■ 優秀賞 ■ 「メソポタミアと私」 椎木 晴江(イギリス)

 作者のパワーに圧倒される。のめりこむように勉強に励んだ過程で、再び自分を取り戻し、家族の絆が再確認できた。下手をすれば自画自賛の作品になりかねないところだが、冒頭の「私の人生何だったの?」と結語の「家族万歳!」が利いている。空の巣症候群から家族万歳になるまでの大ジャンプだったのだ。着地大成功!

 
■小中学生の部
 

 子供たちのエッセイの多くに見受けられる「笑顔で挨拶されて嬉しい」といった日常の出会いの感動は、初めての異国体験・異文化遭遇の感動でもあるが、一方でそれはおせっかいな大人や世話焼き好きの隣人が姿を消した日本の失ったものを映し出しているように見える。まだまだ安全・安心の日本では、子供たちにとって何不自由なく生活が回っている。しかし、それらは本当に必要なものなのだろうか? 子供たちは自らの体験の中で明確にその問いに答えを見つけ出す。

  海外生活の印象の一面が、日本に比べて、ゆっくりしている、不正確さにイライラする、ルーズで時間を守らない、などといった不満で現されているのは、日本では大人だけでなく子供たちの生活もどっぷり「物事を効率よくさっさとこなす病」に罹患しているといえる。さっさとこなすことにかまけて地域社会が希薄になっているのが日本の現状なのだ。子供たちにとって家庭と学校以外の中間地帯が空白になっている。しかし、笑顔で挨拶が交わされるところはその中間地帯なのだ。今回、最優秀に選んだ仲西隆浩君の『いろんなあいさつ』には何が必要なのか、どうすれば得られるのかが生き生きと描き出され、幼いながら体得した知恵は今後の人生の指針になると思われる。

  また、暮している異国の環境政策やごみ問題、自然の豊かさなどを肯定的に捉えた多くの作品群は、学校や家庭で学んだことではなく、むしろ生活体感としてこうした中間地帯で発見したものだと推察される。サービスのきめ細かさや正確さ、交通機関やコンビニやスーパーの便利さでは日本が優れているが、人間らしさ・暮らしやすさ・自然の豊かさではドイツやオランダが優れているということが共通している。昨今では日本でも早期の外国語学習が実験的に取り入れられようとしているようだが、このように言葉だけでないものを体得できるのが海外生活の特権だ。

  生活のあらゆる場面において日本との違いを意識しながら障害を乗り越えていくのであるから、幼くして「大きくなったらオランダで働きたい」(『おらんだとにほんのちがい』平沼卓君)とか「世界の人と仲良くなりたい」(『初めての外国人のお友達』石井桃香さん)とか早くも将来像が極めて明確に描けるのだ。彼らの将来像を実現できる世界を手渡すことが大人の責任だろう。

■ 最優秀賞 ■ 「いろんなあいさつ」 仲西 隆浩 9歳 (オランダ)

 家族にも地域でも愛されている微笑ましいエッセイだ。「挨拶」を日本とヨーロッパの違いだけでなく、自分の気持ちの変化、そして理想の挨拶と、それこそ挨拶のいろんな面を重層的に織り込んでいるのが素晴らしい。ヨーロッパの多様な言語や文化を肌で感じつつ日本との違いを明確に認識している。元気な「ハッロー」が周囲を巻き込んで気持ちを変えていくだろう。

■ 優秀賞 ■ 「全ては心が」 望月 葵 14歳 (ドイツ)

 日本人は内なる世界と外なる世界の差が大きい。異国の人に自分から行動を起こすにはかなりの勇気がいるのは心に壁があるからだ、という発見は、受身になりがちな日本人=自分のことをよく自覚している証拠だ。人と人を繋ぐ根本とは、相手も自分と同等なものとして受け入れる心なのだ。この心を忘れずに世界に羽ばたいていって欲しい。

■ 優秀賞 ■ 「気持ちをつないだもの」 中嶋 大樹 10歳 (イタリア)

 引越したとたんの階下からの苦情。そのかたくなに他人を拒否する隣人の心がほぐれて行く様が生き生きと描かれている。きっと家族で団結して笑顔の挨拶という苦情対策を講じたのだろう。何が人と人を繋ぐのか、素直な感想のようにも見える。しかし、少年の目を通して見た日本社会のトラブルにも通じるシチュエーションの解決法が正鵠を射ている。


深田祐介氏 プロフィール
〈ふかだ・ゆうすけ〉  1 9 3 1 年 東京生まれ。 日本航空に勤務のかたわら執筆活動を始める。 82 年「炎熱商人」で直木賞を受賞。「文学界」新人賞、大宅壮一ノンフィクション賞、 文芸春秋読者賞、04 年 11 月には P H P 研究所より山本七平賞特別賞受賞。 企業小説や海外経験を生かしたルポルタージュなど著書多数。


たくさんのご応募  ありがとうございました。

 あけましておめでとうございます。
みなさまと共に海外で迎える新年を心からお慶び申し上げます。

  皆様に支えていただき、当エッセイコンテストも今回で12回目を迎えることができました。「小中学生の部」では過去最高数のご応募をいただき、「一般の部」と合わせ、550名を超える皆様から1枚1枚思いのこもった作品をお寄せいただきました。まず、はじめに、ご応募いただきました皆様に厚く御礼を申し上げます。

  ここ数年で、以前にも増して日本文化が海外に溶け込んできている気がします。すし、天ぷらなどの食文化はもちろん、アニメやファッション、また「靴を脱ぐ」といった生活習慣まで、日本文化は海外の人々のライフスタイルに定着してきているようです。それは、皆様をはじめ海外に暮らす日本人と、その身近に暮らす人々との数え切れない交流が生み出しているのだと思います。

  言葉の壁とたたかいながら、価値観や生活習慣が異なる海外で暮らすことは、お互いの「違い」を認識し、理解しあうことから始まります。「違う」ことを嘆くのでなく、現実として受け入れ、自分の環境として理解できた時に初めて、本当の「海外生活」が始まるのだと思います。今回ご応募いただいた作品の中でも、新しい学校や職場で、また結婚や出産といった人生の節目で、様々な困難を乗り越え、自らの意志を貫こうとする力強い姿を見せていただきました。また、子供たちからは大人を圧倒するようなエネルギーで、自分の描いた夢に近づこうとするたくましさを見せていただきました。

  航空ネットワークの充実に加え、近年のIT技術の革新も手伝い、この十数年間で、世界はあらゆる意味で近くなりました。しかしながら、海外に暮らす皆様がつむぐ日々の暮らしが、日本と海外とを結ぶ確かな接点でありつづけることに変わりはありません。日々の暮らしの中で、お互いの「違い」を乗り越え、共生することにより、自分の中に今まで感じることのなかった「日本」が強く感じられるようになるのでしょう。皆様の一つ一つのご経験が、これからの海外生活をさらに豊かなものとし、一方で海外の人々に「日本」をご理解いただく礎となることをお祈りしてやみません。

私ども日本航空は、日本と世界の文化を結ぶ架け橋として引き続き貢献させていただきたいと考えております。また、皆様に安心でより快適な空の旅をご提供できるよう、2008年も一層努力して参りますので、何卒倍旧のご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。

末筆ではございますが、皆様の益々のご活躍とご健勝をお祈り申し上げ、新年のご挨拶とさせていただきます。


2 0 0 8年 元旦            
株式会社 日本航空インターナショナル執行役員
欧州・中東地区支配人  岡田 祐二


作品中の表記については日本経済新聞社の規定に従って、一部修正を入れさせていただきました。

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