「ママには、日本語で話しなさいって言ったでしょう。」
いったい一日に何回この言葉を口にするのだろう。
日本で知り合ったフランス人と結婚して、フランスにやってきたのが早20年前、渡仏当時、フランス語は「ボンジュール」と「メルシー」ぐらいしか言えなかったのを、フランス語教室で必死に勉強して、実践を重ねて、今はフランス語では大抵のことには困らない。でも、ここまでの道程の険しかったこと。だから、二人の子供は最初からバイリンガルに育てなくてはと思った。
母親が日本人で、日本語をきちんと話してやれば、子供は日本語が話せるようになるものだと思っていた。日本語の本を読んでやり、日本の童謡を歌ってやった。小学校に入ってからは、通信教育も始めた。漢字のポスターを部屋に貼ったりもした。夏には毎年里帰りをして、日本の小学校に体験入学もさせている。
これだけのことをしてやっているのに、『てにをは』をいつも間違える。何度も教えた漢字が読めない。毎晩、学校の宿題の後に日本語の通信教育をやらせる時はほとんど戦闘状態。
「何度同じことを説明させるの。」
「やる気がないの。それだったら日本語なんかやめてしまいなさい。」
子供たちの目から涙があふれ、椅子がガタンと倒れ、ドアがバタンと閉まるのは日常茶飯事。フランスに住んでいて、フランスの学校に通っているのだから、無理もないと思ってはいる。だから、出来ないことを怒っているわけではない。一番頭に来るのは、私が日本語で話しかけても二度に一度はフランス語で答えが返ってくることだ。努力を認めてもらえないようで、自分の気持ちを受け止めてもらえないようで、もどかしく悲しい。
そんなある日のこと、学校のお迎えに行って、子供たちに日本語で話しかけたところ、そばにいた下の子の担任の先生がそれを聞いて言った。
「ママは日本語を話してくれるのね。ママからの素晴らしい贈り物だわね。」
はっと思った。私は日本語を子供たちに教える時に、親の責任とか義務だとか考えて、深刻になりすぎていたのではないか。だから、知らず知らず顔がこわばって、声がきつくなっていたのではないかと。これでは受け取る子供たちが気が進まない気分になっても仕方のないことなのではないか。
そうなんだ。『贈り物』なんだから、きれいな包装紙で包むつもりで、リボンをかけるつもりで、笑顔で渡してみよう。そうすれば、きっと子供たちも素敵なものを贈られているんだと思ってくれることを期待して。 |