第12回受賞者一覧

題名 贈り物
名前 萩原 久美子
国名 フランス
インタビュー
 「ママには、日本語で話しなさいって言ったでしょう。」
  いったい一日に何回この言葉を口にするのだろう。
  日本で知り合ったフランス人と結婚して、フランスにやってきたのが早20年前、渡仏当時、フランス語は「ボンジュール」と「メルシー」ぐらいしか言えなかったのを、フランス語教室で必死に勉強して、実践を重ねて、今はフランス語では大抵のことには困らない。でも、ここまでの道程の険しかったこと。だから、二人の子供は最初からバイリンガルに育てなくてはと思った。
  母親が日本人で、日本語をきちんと話してやれば、子供は日本語が話せるようになるものだと思っていた。日本語の本を読んでやり、日本の童謡を歌ってやった。小学校に入ってからは、通信教育も始めた。漢字のポスターを部屋に貼ったりもした。夏には毎年里帰りをして、日本の小学校に体験入学もさせている。
  これだけのことをしてやっているのに、『てにをは』をいつも間違える。何度も教えた漢字が読めない。毎晩、学校の宿題の後に日本語の通信教育をやらせる時はほとんど戦闘状態。
 「何度同じことを説明させるの。」
 「やる気がないの。それだったら日本語なんかやめてしまいなさい。」
  子供たちの目から涙があふれ、椅子がガタンと倒れ、ドアがバタンと閉まるのは日常茶飯事。フランスに住んでいて、フランスの学校に通っているのだから、無理もないと思ってはいる。だから、出来ないことを怒っているわけではない。一番頭に来るのは、私が日本語で話しかけても二度に一度はフランス語で答えが返ってくることだ。努力を認めてもらえないようで、自分の気持ちを受け止めてもらえないようで、もどかしく悲しい。
  そんなある日のこと、学校のお迎えに行って、子供たちに日本語で話しかけたところ、そばにいた下の子の担任の先生がそれを聞いて言った。
 「ママは日本語を話してくれるのね。ママからの素晴らしい贈り物だわね。」
  はっと思った。私は日本語を子供たちに教える時に、親の責任とか義務だとか考えて、深刻になりすぎていたのではないか。だから、知らず知らず顔がこわばって、声がきつくなっていたのではないかと。これでは受け取る子供たちが気が進まない気分になっても仕方のないことなのではないか。
  そうなんだ。『贈り物』なんだから、きれいな包装紙で包むつもりで、リボンをかけるつもりで、笑顔で渡してみよう。そうすれば、きっと子供たちも素敵なものを贈られているんだと思ってくれることを期待して。

題名 メソポタミアと私
名前 椎木 晴江
国名 イギリス
インタビュー
 8年前、旅行中に寄った大英博物館で手にした一枚のビラが、私の運命を変えた。
 駐在員の妻として接待や子育てに明け暮れた25年。3人息子を大学に残し本帰国した途端、主人は次の赴任先へ。日本に取り残された白髪の浦島花子。私の人生、一体何だったの?間もなく母が亡くなり、娘の役目終了。中国で働く主人も欧州で学ぶ息子達も嬉々と暮らしている。母・妻役も閉店だ。誰にも必要とされない可哀相な私。
  このビラは神の啓示? すぐ裏のロンドン大学東洋アフリカ語学院SOASで、メソポタミア中心の歴史と考古学、楔形文字を学ぶ3年コースが新設され、学生募集中と書いてある。
  何千年も昔には亭主の単身赴任や夫婦の危機はなかったの? 子供が巣立った後の母親は、寂しいと嘆いたでしょうに。悩んだり悔やんだりした記録が読めたら面白い。
  そうだ、駄目モトで大学を受けてみよう。帰りの飛行機をキャンセルし、締切日ギリギリセーフで願書を出した。折り返し入学許可の通知到着! 主人は電話口で無言。日本で就職した長男、大学院卒業寸前の次男、英国北部の大学最終学年の三男はとても喜んでくれた。
  55歳の新入生誕生! 同級生は売れないシンガーソングライターの英国人クリス38歳。1999年秋、上級生ゼロ、たった二人きりの大学生活が始まった。
  SOASは全校生わずか三千人だが、生徒の出身国は確か200国以上。アジア、アフリカ、中近東の文化・歴史・言語・宗教・政治・伝統音楽を教えるユニークな大学だ。スパイ養成、特に暗号解読のために設立されたとの噂もあり、実際にMI6から人材募集のメールも届く。政治紛争が起こると必ずSOASでスパイ検挙、と新聞が書き立て、次は校長から、平常心を保ち人種差別をしないように、との達しが流れる。閉ざされた象牙の塔でなく、世界の動きに直結した学びの場だ。
  橙色の袈裟の僧侶や、ターバン姿の男性、ひげ面に民族衣装のアラブ人やユダヤ人、目以外全て黒装束で隠したモスレム女性、派手な装いのアフリカ人、車椅子や全盲の人、18歳から私のように教授より年上の学生まで、文字通り校舎は世界の縮図そのものだ。
  バビロニア語もシュメール語も、500字以上もある楔形文字の組み合わせと奇妙な文法で難解至極。猛勉強の甲斐あって、5千年前の離婚訴訟記録が読めた。4千年前に単身赴任していた商人達の手紙も読んだ。息子が返事をくれないと嘆く母の手紙は、未開封! ハムラビ法典も面白かった。人間皆同じ。
  ヒッタイト語の世界的権威でゲイの老教授、世界最古の小説を翻訳出版した若手学者、イラクでアガサクリスティとも一緒に働いた考古学者、息子と同い年の独人講師等々に叱咤激励された3年間。58歳、首席で卒業!
  卒業旅行は家族と南太平洋でのダイビング初体験。去年、61歳で大学院卒業の祝いは家族が南仏に葡萄畑を買ってくれた。あれ? 私の運命は変わっていない。家族万歳!
 

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