題名 言葉って、テレパシー!?
名前 久保 綺沙良 10歳
国名 フランス
 私は、フランスの幼稚園に行った最初の日の事を思い出す。大阪の幼稚園で、友達もたくさんできて、とっても楽しかった。お遊戯会もして、夏は、プールで水遊びして。
 お母さんは、「またたくさん友達できるよ。」って言うけど、なんて話せばいいのか分からなかった。「フランス語しゃべられへんよ。」って言ったら、「いいよ。大阪弁で!」「えぇ?。はははは。」笑ったら、ちょっと楽になった。
 幼稚園に行ったら、外で遊んでいる子達がいた。お母さんは、先生と何か話しながら、こっちを見てる。ちょっと、冗談のつもりで、「なにしてんの?」って、日本語で言ってみた。そしたら、その子達は、首をかしげてなんか言った。もう一度「なにしてんの?」って、言ってみた。すると、鬼ごっこの事を色々教えてくれた。フランス語なんて、何にも知らなかったけれど、なんとなく分かったような気がした。
 家に帰って、お母さんにフランスの鬼ごっこの事を色々教えてあげた。「綺沙良、みんなの言ってる事分かるの?」と、お母さんは、びっくりしていた。
 次の日から、幼稚園に行くのが楽しくなった。私は、最初の頃ずっと、日本語でしゃべってた。なんか、からかわれてるみたいな時は、日本語で怒った。
 友達が、フランス語を教えてくれた。最初に覚えたのは、あいさつと鬼ごっこの名前だったかな?
 私が、フランス語を話すたびに先生や友達が喜んでくれた。私も日本のあいさつを、みんなに教えてあげた。
 小学校に上がる前の短い間だったけど、幼稚園のみんなのお陰で、フランスが、大好きになったし、今も楽しく学校に行けるんだと思う。
 私は、思うんだけど。言葉が分からなくってもね、顔とか手とかを見ながら話していると、相手が言っている事が、分かるんだよ。テレパシーみたいにね。

題名 学園ドラマのようには行かないが
名前 馬場 諒 14歳
国名 ベルギー
  小学六年の夏休みにベルギーに引っ越した私は、こちらの学校では新学期に入ることになった。その上、生まれ月の関係で「飛び級」し、中学二年生になってしまった。来る直前の三ヶ月、英国人の三分の一のスピードで話す英会話教室に通いつめ、かろうじて自己紹介が出来る程度の実力しか持ち合わせていなかった私は、初めて教室に入ったときはさすがに腰を抜かした。

皆何を言っているのだろう…。

 英国人の学校に通うとはいえ、学年かクラスに一人は日本人がいるだろうと期待していた。だがその期待は裏切られた。さらに彼らは、明らかに気が動転しているアジアの少年に向かって自己紹介を要求した。彼らは一生懸命ゆっくり話してくれたようだが、完璧に動転している私には何言っているのか全く分からなかった。人はどんどん集り、私はもはや驚きを超えて恐怖すら感じた。

 始業式もろくにしないまま、いきなり英語の授業が始まった。先生は、約三百ページほどある分厚い小説を渡して、高らかに宣言した。

 「来月にはこれを読み終わるように皆頑張れ!」

 それらしいことを聞いたが、英語力の無い私にはどうすることも出来なかった。緊張、不安、恐怖、そして周りの生徒の威圧感が私の中で一つになってはじけた時、恥ずかしながらも声をあげて泣いてしまった。

 「中学生なのに泣いてる」という言葉を予想していた私は、温かい目で見る彼らの対応に思わず感動し、さらに涙があふれてきた。彼らは、皆で寄せ書きを作ってくれたのだ。全く言葉を知らなかった私への小さな心遣いからか、名前だけを書いて無言の安心感を私に与えてくれた。私は心の不安が一気に消え去っていくのを感じた。

 彼らはもう忘れているかもしれないが、私にとっては、忘れられないこと、そして、思いがけないことでもあった。私を支えた彼らの優しさと、言葉の壁を越えて仲良くしようとする心の豊かさを。そして忘れないでいよう。私もそうであり続けることを…


題名 イギリスの電車で・・・
名前 藤井 貴大 13歳
国名 イギリス
 僕が初めてイギリスの電車に乗る時の事だった。発車予定時刻の一分前、僕は間に合うかどうか心配しながら、駅の階段をかけ上がっていた。
 何とか時間内にホームにつき、間に合ったことを確認し、「ホッ。」としていたが、いくら待っても電車がホームに入って来ない。遅れている電車に段々と腹が立って来た頃、やっと電車が来た。どうやら遅れた理由は、大事ではなさそうな雰囲気である。
 ここでまず驚いたのは、車掌が遅れた理由を全く言わず、謝罪もしないことだ。切符拝見に来た時もすました顔をしている。わずか三分でも遅れればひたすら謝る我が国の車掌とは大層違っていると思った。
 そして次に驚いた事は、車内で車掌に遅れた訳を聞いたり、文句を言ったりする乗客も一人としていなかったことだ。皆、他人同士で天気の話をしたり、ジョークを言いあったりしている。
 僕はとても不思議な気分になったが、一方「いいな。」とも思った。おそらくこのような光景を東京で見ることはできないであろう。まして朝のラッシュ時に電車が遅れた上、駅員側がこのような態度に出たらどうなるであろう…
 日本人の中には、東京の電車と同じように、「時間に正確で、時間内に物事をこなしていくことに慣れており、当たり前としている。」人が多いと思う。これはとても素晴らしいことだと思うが、このイギリス人の乗客達のように、「細かいことにはこだわらず、人生にゆとりをもって生きていく。」のもとても大切な事であり、必要なのだと思う。人間生きていく上で、両方必要なのだ。
 六つ目の駅で僕は降車した。午後二時。天気は快晴だ。今頃我が国では、「夜のラッシュ」の時間帯であろう。

題名 友だち
名前 石川 友 8歳
国名 スペイン
 お父さんの仕事の都合で、スペインに来ました。すぐにできた日本人の友だちから、「いっしょにダンスやらない。」とさそわれて、家の近くのダンス教室に見学に行きました。
 わたしは、日本にいたころダンスを習っていました。スペインでは、どんなダンスをおどっているのか見たくてわくわくしていました。
 見学している時、みんなといっしょにおどりました。スペイン語はぜんぜん分かりません。けれど、先生のやっていることをまねしました。日本で習っていたこととにていたのですぐにできました。すごく楽しかったので毎週かようことにしました。かよいはじめてしばらくたったら、スペインの子が、
 「コモテリャマス。」
と聞いてきました。この言葉は知っていたので、名前を聞いているんだなとすぐに分かりました。なのでわたしは、
 「ユウ。」
と答えました。そしたらその子がにっこりしていました。次にその子がまた話しかけてきました。なにを話しているのか分からなかったけれど、その子が一生けんめい話してくれるのを見ていると、なんとなく分かってきて
 「テルセロクルソ(三年生)。」
と答えてみました。そしたらまたにっこりしてくれました。わたしの言った事が合っていたようでした。今度は、わたしが、
 「コモテリャマス。」
と聞きました。そしたらその子が、
 「トナ。」
と答えました。そしてトナと友だちになりました。
 わたしはトナに、話しかければ友だちになるきっかけができる事と一生けんめい話せば思っている事が相手につたわる事を教えてもらいました。これからもスペインで、友だちをふやしていきたいと思います。

題名 ぼくのワールドカップ
名前 盛岡 諄平 12歳
国名 ドイツ
 今年ぼくの住んでいるドイツで、FIFAワールドカップが開催されました。ワールドカップ開催前、ぼくのもとにアディダスから一通の手紙が届きました。それは開幕戦ドイツ対コスタリカの試合における旗持ちの案内でした。選ばれるとは思ってもみなかったので、思わず「やったぁー。」と叫びました。
 そして6月9日当日の朝、同じフェアプレイの旗を持つ5人の仲間と共に、旗持ちの練習のため、グラウンドのピッチに立ちました。世界の有名な選手がここで試合をすると思うと感動のあまり走り回ってしまいました。旗持ちの練習の後は休憩でした。その時になってもぼくはまだ緊張していましたが、他の5人はリラックスしていて、ドイツ語で話をするうちにぼくも落ち着くととができました。
 さあいよいよ本番です。入場口の前で待っているとき、ぼくは再び胸が張りさけそうなほど緊張しました。その時、その日はケガで出場できないドイツキャプテンのバラック選手がぼくの目の前を通っていきました。緊張しているはずのぼくが、大きく目を見開いて見つめている自分の姿を、あとでテレビで見ました。さあ、入場です。真後ろに選手が並んでいて、目の前にはグラウンドがある。音楽と共に入場しました。グラウンドに立ったとき、観客のものすごい声援が聞こえてきました。一緒に叫ぶのではなく、それを聞く方になれるとは思ってもいませんでした。グラウンドに立って見る大観衆のスタンドは、普段観客席から見るのとは、まったく違っていました。「ここでプレイをする選手達は、いつもこんなすごい声援を受けながら試合をしているんだなぁー。」と思いました。グラウンドに立っている時間は、ほんの数分だけど何十分にも感じました。なぜなら、ドイツにおけるサッカーに対する思い入れやドイツの人々がサッカーを愛する気持ちを肌で感じる時間だったからだと思っています。日本ではできないとても貴重な体験でした。
 
 

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