■一般の部
 

 日本の景気回復が報じられているが、生活実感とは一致していないとの声もある。海外生活も共働きが増えた今、一方が仕事を失ったり、親元を 離れての子育てに鬱々としたりと、失うものも大きい。しかし日本が本当 に失ったものは「ゆとり」ではないだろうか。心休まる日常生活・家族団 欒・ご近所づきあい等々。普通の暮らしが貧しくなった。究極の効率化・ ぎりぎりのコスト削減・過酷な成果主義に縛られ、企業は復活したかもしれないが、心は悲鳴を上げている、と言ったら過言だろうか?
 イギリスのゆとりとユーモア(『私のイギリスの母』矢島 真希さん)、不便も障害もあるがままに受け入れるドイツ(『眼鏡をかけるように』梅迫 ヘッティンガー 早智子さん)、などの作品には効率だけでは得られないものを照らし出しているように感じる。
 中でも今回、最優秀に選んだ高橋 哲氏の『あめちゃん、いるかい?』 は、オランダの社会のゆとりをさりげなく描いていて、はっとさせられ た。ノーミスを目指してきた日本だが、それは個人を犠牲にすることからなりたっているのではなかろうか。ミスとは「あってはならないこと」 が、果ては「ミスは悪」といった呪縛にはまってしまえば、ミスを防止するための創意工夫の発想は生まれてこない。
 いじめ問題然り、談合問題然り、「あってはならないこと」を「あるはずがない」=「ない」としてしまうところに日本社会の硬直がある。オランダでは患者が「寝不足の医者に診て欲しくない」と言い、休みをとるように勧める。誰しもミスをすることを大前提にして、ミスをなくすことに努めるのだ。ミスを許さない社会とは窮屈で息苦しくはないか。
 優秀賞に選んだラバグリア 恵子さんの『日本のパン屋さん?フランスのパン屋さん?』は、プロのパン職人として日本でもパリでも働く作者のフランス体験だ。一方が「連帯責任」の文化であるなら、他方は「個人責任」。双方の違いをパン職人としての自信に裏打ちされて描いている姿に 日本の未来を垣間見る思いがした。
 もう一人の優秀賞には昨年佳作に選んだ本間 倫子さんの『アフリカの 水』を選んだ。幼い娘を抱えての慣れない土地での悪戦苦闘。そんな中で愚痴っていた自分を猛省し、あらゆることに前向きに取り組んでいくこと にした話である。佳作に選んだ夫君本間 謙氏の作品(『小さくても大きい幸せ』)と続けて読むと幼い命のもたらした幸福がいかに光輝いてい かが実感できる。
 毎回応募してくれる方の作品は、当方としても旧知との再会のような気分になる。それぞれの日々の暮らしを綴ることがお互いのコミュニケーションになったり海外生活の励みやゆとりになっているのであれば嬉しいこ とである。

■ 最優秀賞 ■ 『あめちゃん、いるかい?』  高橋 哲(オランダ)

 30度を超す暑さの中で、バスの運転手があめをくれる。一見、ちゃらんぽらん。日本ではありえないシチュエーションだろう。しかし、運転手だって暑いのだ、と視点を個人に戻すと、世界ががらりと変わって見える。 さりげないエピソードから日本とオランダのゆとりの違いの根本を描ききっている。医者だって夫であり父なのだ。家に戻る前に味わった三つのあめは甘露のようだったに違いない。

■ 優秀賞 ■ 『日本のパン屋さん?フランスのパン屋さん?』 ラバグリア 恵子(フランス)

 日本とパリのパン屋の違い。客ではなくプロのパン職人の目からみた違 いが新鮮かつ面白い。日本女性もここまで来たか、との感すら覚える。すっかりパリのパン屋になって自立している反面、お客さんに対しては日本 人らしい柔軟な心配りを見せる。職人としての自信に裏づけされて、日本 とフランス双方を軽々と取り組んでいる作者の生き方に、新しい風を感じ るのは私だけではあるまい。

■ 優秀賞 ■ 『アフリカの水』 本間 倫子(ベナン)

 育児とは育自。自分を育てることだ。育児は感動から始まるが、現実は なかなか大変なもの。慣れない環境、孤独との戦い、フランス語のハンデ。しかし「このままではいけない」と悟った時の変身は見事。さなぎが蝶に羽化するように、夫のお荷物から脱却して、アフリカの水でどのように羽ばたいていくのか楽しみにしたい。まさに母は強し、である。

 
■小中学生の部
 

 海外で暮らす子どもたちは初めて学校や地域という外の世界に受け入れられたときの感動をしっかりと受け止めている。しかし、今回気になった ことであるが、応募作品の多くに、挨拶されてうれしかった、見知らぬ人同士が会話しているのを見てびっくりした、日本では他人は目に映らない、などの表現が散見され、日本の子どもたちの世界が狭まっているのではないか、子どもたちを支え育む共同体が崩壊しているのではないだろう か、そんな危惧を抱いてしまった。杞憂であって欲しいと思う。
 佳作に入れた久保 綺沙良さんの『言葉って、テレパシー !? 』は、フラ ンス語がしゃべれなかったら大阪弁でいいよ、とお母さんにいわれ、どんどん話しかけてみる積極性がまことに頼もしい。『友だち』の石川 友さんも同様である。趣味のダンスが共通とはいえ、名前を聞き、学年を尋ね、と積み重ねていく姿勢が素晴らしい。心が定まれば、女の子は思ったよりも遥かに積極的になれるものだと感じてしまった。
 最優秀賞に選んだ白坂 彩乃さんの『魔法の言葉』は、イタリアで知らない人に「チャオ」と挨拶されて嬉しかった体験から、自ら「チャオ」と 声をかけていく話なのだが、自分も相手も笑顔にする言葉の魔法に魅せら れている作者のワクワクするような高揚感が伝わってくるようだ。人と人 を繋ぐ喜びや安心感が、見知らぬ土地で暮らすことになった子どもたちにどれほど大切か。単純かつ深遠な課題だと思う次第である。
 また、優秀賞に選んだ渡邊 拓実君の『小さなトロフィー』は、自信のあったサッカーでフランスのチームに大敗し、小さなトロフィーしかもらえなかったが、フランス人に折り紙やケン玉を教えたら上手に出来ず、国によって得手不得手があると発見する話だが、 9 歳にしてそもそも不得手なことで対抗するには何倍もの努力が必要だと看破する見識を高く買いた い。
 もう一つの優秀賞には樋口 由実さんの『不便でもめげないドイツ人』 を選んだ。 A T M が壊れていても電車が遅れていても笑ってすませるドイ ツ人に比べ、便利に慣れている日本人は楽しく時間を過ごせない、ドイツ の方が落ち着けると、述べているのだが、今の日本のゆとりのなさ、いらいら感をよく見据えた作品だ。
 子どもたちの作品が素晴らしいのは、日本との違いを述べるにあたって、驚きをもって相違を発見し、同時に過去の自分を反省し、将来像を具体的に描けていることだ。彼らが戻る日本が、育んだ自画像を実現できる社会であって欲しい。

■ 最優秀賞 ■ 『魔法の言葉』  白坂 彩乃  11 歳(イタリア)

 「チャオ」と一声、勇気を出して口にしたとき、世界が魔法のように変わる。そんな感動が満ち溢れている。イタリアに来て、声をかけられた嬉し さと日本では自分はこんなふうに挨拶したことがなかったという反省。そこからまっすぐに「チャオ」と声を自分からかけることにした一大決心を忘れないで欲しい。人も自分も笑顔にできる、という二重の喜びがあってこそ前に進めることも。

■ 優秀賞 ■ 『不便でもめげないドイツ人』  樋口 由実  12 歳(ドイツ)

 不便がゆえのゆとり、便利なるがためのいらだち、これは切り離せないらしい。とすればどこで折り合いをつけるかだが、心のゆとりだけは失って欲しくないと思う。人生をいかに楽しむか、そのコツをドイツ人に学ぶべきなのかもしれない。帰国すれば様々な進路があるが、いずれに進むにせよ、便利・不便の根底にあるものを発見していくことが今後の課題にな るのだろうか。今を楽しみながら進んでいって欲しい。

■ 優秀賞 ■ 『小さなトロフィー』   渡邊 拓実  9 歳(フランス)

 たとえ負けてもいいから外に出ることだ。日本の仲間だけで楽しんでい たのでは真の実力を知ることは、決してない。それが分かっただけでもサ ッカーで負けた意義もあるというものだ。しかも、国民性による得手不得 手があるということも発見できたのだ。今後、互いの得手不得手を尊重しつ つ、何倍も努力して不得手を克服していってくれるものと期待している。


深田祐介氏 プロフィール
〈ふかだ・ゆうすけ〉  1 9 3 1 年 東京生まれ。 日本航空に勤務のかたわら執筆活動を始める。 82 年「炎熱商人」で直木賞を受賞。「文学界」新人賞、大宅壮一ノンフィクション賞、 文芸春秋読者賞、04 年 11 月には P H P 研究所より山本七平賞特別賞受賞。 企業小説や海外経験を生かしたルポルタージュなど著書多数。

たくさんのご応募  ありがとうございました。

あけましておめでとうございます。

 皆様に育てていただいた当エッセイコンテストも、昨年、区切 りの 10 周年を迎え、今年は気持ちも新たに 11 回目を迎えることが できました。今年は「小中学生の部」で過去最高のご応募をいた だき、「一般の部」と合わせ、 6 0 0 名近くの皆様から 1 枚 1 枚 思いのこもった作品をご応募いただきました。まず、はじめに、 ご応募いただきました皆様に厚く御礼を申し上げます。

 昨年は、 4 年に 1 度のワールドカップがドイツで開催され、期 間中、多くの熱戦が繰り広げられました。残念ながら日本代表は 健闘空しく予選敗退となりましたが、ここヨーロッパ・アフリカ 地区からは多くの国が決勝トーナメントに勝ち上がり、ベスト 4 は全てヨーロッパ勢となりました。皆様の中には、「自分が今住 んでいる国」を母国同様に最後まで応援された方も多いかと思い ます。

 海外に暮らしていると、ふとした瞬間に「自分が日本を離れ暮 らしている」ことを実感することがあります。一方、その違いを 自然に受け入れられる瞬間もあります。生活習慣や価値観の違い、 また言葉の壁にぶつかりながら、自分と相手の違いを理解し、そ こから再スタートを切った時、新しい発見があることを皆様の作 品から教えていただきました。
 父親の転勤に伴い現地の学校で学ぶ子供達、自分の夢に向かっ て異文化の中で経験を積む若者、慣れない社会で子育てに励む母 親。それぞれにシーンこそ違いますが、必ずしも思い通りになら ない海外での生活環境を自分の中に受け入れながら、未来を切り 拓いていく姿がそこにはあります。
 皆様の一つ一つのご経験が、これからの海外生活をさらに豊か なものとすることをお祈りしております。

 私ども日本航空は、日本と世界の文化を結ぶ架け橋として引き 続き貢献させていただきたいと考えております。また、皆様に安 心でより快適な空の旅をご提供できるよう、 2 0 0 7 年度も一層 努力して参りますので、何卒倍旧のご愛顧を賜りますようお願い 申し上げます。

 結びにあたり、皆様の益々のご発展とご健勝をお祈り申し上げ、 新年のご挨拶とさせていただきます。

2 0 0 7 年 元旦            
株式会社 日本航空インターナショナル            
代表取締役社長兼 欧州・中東地区支配人  西松 遥


作品中の表記については日本経済新聞社の規定に従って、一部修正を入れさせていただきました。

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