審査委員長 深田 祐介

■一般の部
 

平穏な日本では、何事もなく日々の暮らしが続いていくような錯覚に陥りがちだが、突然の海外勤務は生活を激変させる。いかに平凡な暮らし・家族の絆が大切なものか改めて思い起こさせる。
今回はキーワードとして「家族の絆」が印象的だった。家族がお互いを必要として暮らせる期間というものはそんなに長くはない。佳作に選んだ「思い出の重さ」(水沢均)は、突然の単身赴任に引き裂かれた子供たちに対する父親の切々とした心情がユーモラスに描かれている。その他、音楽好きだった父の話や、昔を懐かしむ義母の話など世代を超えた心温まる交流が目立つ。もはや世代間対立などというものはないらしい。むしろ描かれているのは友達のような親子・同志のような夫婦・仲間のような家族なのだ。
女性が強くなったといっても、日本という安全地帯と離れれば、浮き彫りになってくるのは日本人がいかに純粋培養されているかという実態だ。しかし、人生、いつ何があっても不思議はない。アフリカでは生きているだけでエリートだという事実に圧倒されながらの子育てや、異文化と格闘する娘を必死で助ける母は、困難に立ち向かって逞しく成長していく。難聴者が英国で手話に出会い、初めて自分の言葉を得た喜びを綴る話には、障害を乗り越えた先に見出した真の強さがある。これら外国暮らしならではの貴重な体験が生み出す作品群は、このJALエッセイコンテストならではの成果といえよう。毎回応募していただいている方も散見せられ、書くことで照らし出されるものを自らの生きる力に変えている姿に感銘を受ける。
日本ではあって当たり前のものでも、海外生活にあっては黙って手に入るものではない。概ね思い通りに快適に生きてきた若い世代が、何もかも一から築く作業を成し遂げるのは並大抵のエネルギーではない。
どこにあっても生き方を決めるのは本人なのだが、舞台が孤立無援の外国では、その決断の価値が一層鮮明になると感じた。最優秀賞に選んだ久恒 コーナー 絵里奈さんの「人を通じて広がる世界」は、その決断の潔さが際立っていた。
復旧が困難を極めるパキスタンの大地震、移民の若者たちの不満が引き起こしたフランスの暴動、ロンドンの同時多発テロや、イラクやヨルダンの自爆テロなど、拡散し終息の兆しも見えそうに無いテロとの戦い。ようやく景気に回復の兆しが見受けられる日本。今、新たな決断のときかもしれない。


最優秀賞

●「人を通じて広がる世界」
久恒 コーナー 絵里奈(ドイツ)
出だしの「クリスマスの出がらしのようなお正月が終わって始まったドイツ生活」という、その表現が作者の鬱々とした心象に重なって、重苦しく暗い冬から、同じような体験を持つ友人の言葉に目覚め、一転してすべてに前向きに向き合う姿勢の潔さが見事な作品だ。変わったのは心。多分日本では、今まで楽々と思い通りになってきた恵まれた世代なのだろう。知識も才能もありながら、恵まれすぎてさほどの困難に向き合ったことのない作者が、真っ向から挑んだ生き方の転換に拍手を送りたい。


優秀賞

●「異国にて、父を想う」
北野 法子(イギリス)
父の病気を知って、1秒1秒を心に刻んで過ごした父と娘の限られた時間を惜しむ心の有様が際立つ。父の娘を思う心、娘の父への心づかい。誰にでもいつかは訪れる別れがあることに気づいたとき、残された時間はなんと貴重で美しいものだろう。ほのぼのとした親子の情感と、人生の小春日和のようなイギリス滞在を楽しむ父の姿には、教えられることが多い。飄々として端然としている父の姿に小津映画を見るような懐かしさを覚えた。元気で再訪されることを祈るばかりである。

●「役人に向かって怒鳴る男」
小沼 明生(ドイツ)
これまでひ弱に優等生で過ごしてきた生き方から脱皮して、あって当たり前のものを獲得するにいたるまでの作者の奮闘振りが鮮やかである。争いを避け調和を最優先にする日本とは異なり、真っ向に対峙して、伴侶とも社会とも、互いを尊重する関係を築くにいたる話が実にドラマチックだ。そこから引き出されるドイツ社会と日本の違いの本質をも導き出した出色の作品である。難を言えば、引き合いに出した映画「ダンス・ウィズ・ウルヴズ」の主人公の名は犬とじゃれたのではなく、野生のオオカミとじゃれあって得た名前だ。キーになる挿話だけに気になった。

 
■小中学生の部
 

毎回思うことだが、子供達の発想の多様性に感心する。幼いときから自分の意見をいい、違いを受け止め、日本人であることを自覚して生きる姿に、日本の将来に明るさを見出すのは私だけではあるまい。違いを受け入れる社会と少しでも違うものを排除しようとする社会の差は大きい。国際人になりたいという前に、日本人としての自分のアイデンティティを自覚し、しっかりと確立していることが必須だと思うのだが、国際結婚も増えた今、ハーフならぬダブルや、日本を知らない日本人など、多様な生き方ゆえのルーツも見受けられる。それにも増して、真の国際人になるには何国人かなど意識しないことが大切、というマルチカルチャー・マルチ言語の頼もしい意見すらあるのだ(「意識しないことが大切」石田太呂)。
総じて女子は真面目で一途、男子は優しくて行動的、と感じた。言葉の壁やともだち作りに苦闘するのは外国生活の最初のハードルではあるが、感性豊かな子どもの目に映る文化やライフスタイルの相違は、日本の社会のあるべき姿を映し出す。障害者と共に生きる社会、お金では買えないライフスタイル、困った人に助けの手を差し延べる寛容さ、国で考えるのではなく個人の長所や短所を見つけましょうと諭す賢明さ。
子どもたちの独自の発見・貴重な体験が将来必ず大きな実を結ぶであろうことを期待したい。
今回、井藤萌歌さんの「わたしは、仲良しリレーの第一走者」を最優秀賞に選んだ。次々に仲良しになれるよう言葉をリレーしようという発想が素晴らしい。佳作に選んだお姉さんの井藤彩歌さんの作品では、すでに将来の仕事のビジョンが描かれていて、いずれ海外体験を開花させるであろうことを期待したい。
優秀賞に選んだ斉藤拓登君の「『共に生きる』とは」には、障害者の生き生きと楽しんでいる笑顔に、偏見を持っていた自分を反省する話だが、それだけにとどまらず、共に生きる社会の真の豊かさを理解した聡明さが頼もしい。もう一つの優秀賞、小宮りかさんの「伝えようとする大切さ」は、言葉そのものよりも伝えることの本質をよく捉えている。
異文化体験者が増えるということは日本が徐々にではあるが多様な生き方・価値観を認める方向に進むことを助けるのは間違いない。むしろこうした貴重な人材を日本の社会がうまく取り込んで、内側から国際化の推進力として活用することを期待している。


最優秀賞

●「わたしは、仲良しリレーの第一走者」
井藤 萌歌 8歳 (ドイツ)
何よりも言葉の壁を乗り越えて、言葉の持つ不思議な力に目覚めた描写が生き生きとしている。自分が体験した嬉しさをどんどん回りに伝えていきたいという躍動感に溢れた作品だ。「モルゲン」が「おはよう」だと気づく言葉の不思議さの大発見は、世界を一変させるほどだったに違いない。その喜びが伝わってくるようだ。


優秀賞

●「伝えようとする大切さ」
小宮 りか 12歳 (オランダ)
言葉を学ぶことの本質は、伝えることの大切さだ。黙っていては通じないが、必要ならばジェスチャーででも伝えようとする心が大切なのだ。オランダ語で話さないで英語で話そうよ、と声をかけてくれた友達。その心が人と人とをつなぐのだ。友達のありがたさ、仲間になれたうれしさ、一緒に学ぶ楽しさこそが得がたい経験なのだ。何のために学ぶのか、誰のために使うのか、そして何を伝えるのか? しっかり見据えてこれからの人生の指針にして欲しい。

●「『共に生きる』とは」
斎藤 拓登 14歳 (オランダ)
自分の中にある偏見に気づくのは容易いことではない。普段は見てみぬふりをするものだ。しかし、気づいたときに広がる世界は素晴らしい。人生の選択肢も他を受容する寛大さも広がるからだ。偏見を無くすにはどうすればいいのか。やがてこの課題にも向き合うことになるだろう。自分に何が出来るのかも問題だ。しかし、そうしたことのすべてがこの「共に生きる」という命題から出てくる。健闘を祈りたい。



【深田祐介氏 プロフィール】

ふかだ・ゆうすけ 一九三一年 東京生まれ。
日本航空に勤務のかたわら執筆活動を始める。82年「炎熱商人」で直木賞を受賞したのを機に、作家として独立。「文学界」新人賞、大宅壮一ノンフィクション賞、文芸春秋読者賞、04年11月にはPHP研究所より山本七平賞特別賞受賞。企業小説や海外経験を生かしたルポルタージュなど著書多数。


海外で暮らしていると、日本にいるだけでは経験できなかったような新たな体験や発見があり、その都度感情や価値観の変化が起こります。これは長く海外で暮らしている方でも、海外生活を始めたばかりの方でも、海外で生まれ育った方でも違いはないと思います。習慣の違いに戸惑ったり、文化の違いに気づいたり、言葉の壁を越えて人と分かり合ったり、普段意識しなかった日本人としての自分を意識したりすることで、自分自身の幅の広がりを感じるのではないでしょうか。「JAL海外生活エッセイコンテスト」は、そんな思いを表現し、それを多くの海外在住者で共有することで、皆様により有意義な海外生活を送っていただきたいという願いから生まれました。
今回で10周年を迎えたエッセイコンテストには合計631点の過去最多のご応募をいただきました。国別ではイギリス(90点)、オランダ(125点)、ドイツ(136点)の他、イスラエル、エチオピア、ザンビア、ベナン共和国、南アフリカ、ロシアなど計30カ国からのご応募をいただきました。
一方、10周年記念特別企画として開催いたしました「JAL海外生活イラストコンテスト」には合計136点のご応募をいただきました。国別ではイギリス(22点)、オランダ(27点)、ドイツ(25点)の他、UAE、カタール、ハンガリー、ルーマニアなど計16カ国からのご応募をいただきました。
このように多くの、また広い地域にお住まいの皆様からご応募いただいたことは、当コンテストの広がりを示すものでもあり、事務局として大変嬉しく思います。
ご応募いただいた皆様に心から御礼を申し上げます。
エッセイコンテストは作家深田祐介氏を、イラストコンテストは銅版画家山本容子氏を委員長とし、両コンテストとも板垣誠 株式会社日本航空インターナショナル欧州・中東地区支配人と北川彰 朝日新聞インタナショナル社長が委員を務め、厳正に審査が行われました。その結果、ここにご紹介するエッセイコンテスト20点、イラストコンテスト9点の入賞作が決定いたしました。
エッセイコンテストおよびイラストコンテストの各部門で最優秀賞を受賞した皆様には賞状、副賞としてJAL日本往復航空券と朝日新聞アエラ・朝日中学生ウィークリー・朝日小学生新聞のいずれか1年分が、優秀賞を受賞した皆様には賞状、副賞としてジャルパック旅行券と朝日新聞アエラ・朝日中学生ウィークリー・朝日小学生新聞のいずれか半年分が贈られます。その他、エッセイコンテストの佳作の皆様にも賞状と副賞が贈られます。
最後に、二〇〇六年が皆様にとって素晴らしい年になりますよう、心からお祈りいたします。


作品は原文をそのまま掲載しておりますが、一部数字の表現等を統一させていただきました。



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