題名 人を通じて広がる世界
名前 久恒 コーナー 絵里奈
国名 ドイツ
インタビュー
黒い森にある夫の実家で大家族が集まる賑やかなクリスマスを過ごし、クリスマスの出がらしのようなあっけないお正月が終わって、私のドイツでの現実生活が始まった。ドイツの1月といえばまだまだ暗い。夜が長く、昼間でさえ日が差すこともなく一日中どんよりしていた。ドイツ語などダンケしか知らなかった。複雑な文法のせいでドイツ語は上達しないし、ほとんどの人が方言を隠すことなく話すので簡単なことさえ分からないことが多かった。何をするにもドイツ人の夫頼りの自分が悔しくて、不都合なことが起こる度にドイツのせいにして夫にあたった。何の為に自分がここにいるのか分からなくなった。そんな憂鬱で仕方ない頃日本から友人が来た。
「日本にいたらできないことたくさんあるじゃない。がんばってよ」。ブラジル出身の日系人の彼女はそう言って自分の体験を話しながら私を励ました。流暢ではなかった日本語を今自由に操るのは隠れた努力の成果だったのだ。思春期の難しい時期、意に反して言葉も習慣も国民性も何もかも違う日本に来てどんなに苦しんだか、悩んだか、ブラジルに帰りたかったか。ブラジルで両親から聞かされていたすばらしい国、日本は嫌悪の対象になった。しかし、試行錯誤しながらもすべてを乗り越えられた自分を見つけた時どんなに嬉しかったか。自分らしさを失わずに自分のスタイルを日本で築けたことで揺るぎない自信がついたのだそうだ。ひねくれていた自分がとても恥ずかしかった。涙が出た。
私は考えを改めた。夫との会話をそれまでの英語からドイツ語に変えた。初めこそ言ったことがきちんと伝わっていなかったり誤解があったりで言い合いもしたけど、表現できることがどんどん増えていくのが楽しかった。挨拶だけして逃げるようにしていた近所の人ともきっかけを見つけて立ち話をするようにした。鳴るたびに恐くて、それでも夫が留守の時には仕方なく5回くらい鳴ってから深呼吸して
出ていた電話にも、夫がいる時にも自分からすぐに出るようにした。私のがんばりをどのドイツ人もまっすぐな温かさで受けとめてくれた。いつものように夫の友達からの電話に「Ein moment, bitte.(ちょっと待ってね)」と答えると、「今日は君と話そうと思ったんだ」と言ってくれた時どんなに嬉しかったか。下手でもいい、ちょっとでもいい、「こいつとは話ができるぞ」と分かるとドイツ人のなんと人懐っこいことか。仕事や家庭のことなどを一緒にじっくり話すようになって、ドイツ人ときちんと知り合えるようになった。国が違っても生活や考えること、悩むことは同じだったのだ。笑いの渦の中でぽつんと夫の通訳を待つしかなかった冗談にも同時に反応できるようになって、ドイツ人に接するのが楽しくなった。一部でつまらないと言われるジャーマン・ジョークだが実は結構面白いことも言っているのだ。冷たいと思っていた日本人と友達になれた時とても嬉しかった、という友人の喜びが実感できた。
言葉の障害を言い訳に心の殻を閉ざしていたが、ちょっと勇気を出すだけで世界がぐっと広がって生活が充実した。言葉を勉強する人はいつかその国に行ってみたい、そこで暮らしてみたい、と夢見ると思う。私も英語を始めた中学生の頃からそうだった。その土地に行けば否応なく毎日その言葉を耳にするし、口にせざるを得ないので日本にいるよりも同じやるなら上達は早いだろう。でも、習慣や国民性の違いで怖気づいてしまうこともあるし、小さな誤解を過大に考えて落ち込んでしまうこともある。言葉を勉強することは正確な文法とたくさんの語彙を使いこなせるようになるだけではない。「人と話せる」ようになることだ。たくさんの人と話すことでその国の姿が見えてきてもっと深くお互いを理解し合えるようになる。そして自分のこともよく見渡せるようになると思うのだ。

 



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