題名:ダーデレン家の嫁
名前:なんみ・町田・ダーデレンさん
国名:トルコ

 来る、来る、来る。あっという間に8畳弱の居間は人でいっぱいになる。数えてみた。子供を含む全て女性、25人。結婚式から数日後、日本人の嫁を間近で一目見ようと遠路はるばるやってきた親戚達だ。私はこのダーデレン一族初の外国人の嫁なのである。姑が一人一人紹介を始める。「彼女は私の母方の妹の息子の嫁のなんとかかんとか・・・」一体何親等の親戚なのであろうか。ほとんどが敬虔なイスラム教徒である彼らはスカーフをかぶっている為、誰が誰だか見分けがつかない。私は姑の言葉にさもわかったようにうなづきながら、一番年配の客より順に手の甲にキスをし、そこに自分の額を押し付けるという独特の挨拶をしながら客の合間を縫う。小ぶりのグラスに入った紅茶とお菓子を振る舞う。人を掻き分けて運ぶのが難しい。落ち着いたところで、部屋の中央に私の席が設えられる。そして客人の質問が始まる。「トルコは気に入ったか」「兄弟はいるのか」「彼らは独身か」テレビでしか見たことのない日本人を前に皆緊張してか、姑を通して聞いてくる。まるで記者会見のようだ。言ってることの半分も理解できないのは彼らが黒海地方出身で、その独特のなまりで話しているからだ。「Kismet,kismet」(巡り合わせ、これも運命、の意。)という言葉が誰の口からもつぶやくように言うのが聞こえる。ある程度の質問を終えると安心してか、彼らは自分たちの話題に花を咲かせに入った。皆を送り出した後、姑がむんずと私を抱きしめ、どうやら客人たちは私のことがとても気に入ったようだと告げる。と同時に一日の緊張と疲れでなんだか泣きたいような気持ちになったのを覚えている。
しかし、今日まで私は何人のお客にお茶を入れたことであろうか。驚いたことに、結婚して3年が過ぎた今でもひょっこりと結婚のお祝いの品を持った、まだ見たこともない親戚が戸口に現れるのである。



題名:海外での生活
名前:松田 泰一さん
国名:イタリア

 少女は泣いていた。店に入ったときは気づかなかったのだが、ハンバーガーを買うための長蛇の列は、先頭の少女が泣き出したために起こったことらしい。良く見ると、少女は東洋人。それも日本人のようだった。私は日本人なら少々の英語ぐらい話せそうなものなのにとか、ここミラノもやっぱりイタリア、英語が通じないのかなぁなどと考えながら、列の最後尾でぐずぐずしていたのだった。それでも列は一向に前進する気配を見せない。仕方ない、声を掛けてみようと列を離れたその時だった。
 “日本の方ですか?”という女性の声が店内に響いた。少女は泣いたまま女性の方を振り向いて、ゆっくりとうなずいた。
 “どうしたの・・・?”女性は少女をやさしく慰めながら、ほとんど沸騰状態の店員に少女の注文を通訳したようだった。やがてトレーに注文の品が揃って、少女が列の先頭を次の客にゆずるときには列の中から口笛やら嬌声があがったが、女性はそれには耳をかさず、少女をテーブルへと案内していった。
  長い列の中で順番を待ちながら、私は若いときに同じようにウィーンでボート乗り場がわからずに右往左往していたところを、たまたま通りかかった日本人に助けてもらったことを想い出していた。
  なぜ泣いていた少女が日本人らしきと判断したときに、素直に声をかけられなかったんだろう。ハンバーガーを口に運びながら、自分の過去の出来事を振返り、先程の自分の行動をぼんやり考えているうちに、いつの間にか少女も、少女を助けた女性の姿も、もう店にはなかった。
 親切を利用した犯罪が出始めてから、日本人に無関心になってしまったんだよなぁと自己弁護する隣で、“それは詭弁だろ”とささやく声を聞いていた。



題名:オランダの牛
名前:堀之内 兼一さん
国名:オランダ

 アムステルダム近郊の草原で、のどかに草を食む牛達を見ながらSがしたり顔で言う。「オランダの牛が噛む速さは日本の牛の半分だそうだ」「何でもゆっくりしているからね」とMが溜め息をつく。しかし、事は牛だけでは無い。いつになっても外と内の時間が“噛み”合わぬ為か、我々日本人にこの時間感覚のズレが、胃壁をかきむしる痛みと共について回る。―五時になり大半のローカル社員が帰宅する後姿に「仕方ねーなー」と呟きながらも書類に埋もれる父。そんな父の遅い帰りにも文句も言わず苦労を共にする家族。会社作成の『駐在の手引』にも「駐在により家族の絆が強まる」と迄書いてあるが、誠に余計な御世話である。しかも駐在の苦労とは、そんな御茶の間ドラマのハッピーエンドな筋書だけではないようだ。体内外の時差の他に、もっと自分達を追いつめいているものは何か?考えて行く内に誰もが自分達自身に内在する問題に辿り着く気がする。誰にでも覚えのある、ある光景、あの会話。―
「日本へ帰ったら二度と行けない」という典型的な切迫感は、駐在した当初からさえも日本人家族を夏のバカンスへと駆り立てる。スイスの日本料理屋で隣にいた家族は遠くメキシコから来ていたが、何気なく覗くと両親共素うどんなのに二人の子供は何んとすき焼きを食べていた。駆り立てられた果てに、“一杯の素うどん”では余りに寂しすぎる。

 一方子供達も「日本はもっと厳しいのよ」という教育ママ達の金切り声に追い回される。“厳しい=価値がある”という論理の展開に父親が口をはさむ事は許されない。牛を小屋で飼う民族ゆえに仕方のない事かと思ってもみるが、子供達がこの二律背反の中で将来の占めるべき位置を見つけられるか心配になる。欧州並みとは言わないが、せめてもう少しゆっくりとできぬものか?

 最後に「早すぎて何も見えなかった」と子供達が嘆かない様に。




題名:海外での生活
名前:呉 貞順さん
国名:フランス

 パリで一人暮しを始めた頃である。トゥールで知り会った友人一人を除いては誰も知らない異国の都会での一人暮しは想像以上に辛かった。心臓が痛むような孤独の中で、サン・メダール教会の鐘の音を聴きながら、果たして、自分の選択が正しかったかどうか迷いつつ、ソルボンヌ大学美術史入学許可の応えを待っていた。或る日、アパートの同じ階に住む老婦人にお茶の誘いを受けた。70歳を過ぎたと想はれる老婦人一人暮しの、25m2に足らぬ部屋はまるで魔法がかけられているような生彩に満ちあふれていた。話をしているうちに、婦人がモンマルトルの劇場でアクロバットをしていたこと、かつてはホテルを常宿としており、13年前からこのアパートに住んでいることを知った。自分自身のことを語りながら、パリ大学で美術史の勉強をするだけの実力が無いと思う、と自信の無さと逡巡を見せた時であった。それ迄、自ら手を加えた部屋のデコレーションについて説明をしていた婦人が急にアクロバットのポーズを幾つか見せながら、励ますような声で語りかけた。「ねえ。私はもう72歳だけれどもこうやって毎日アクロバットの練習をしているのよ。人間って止っちゃダメよ。進まなくちゃ。あなたが美術史の勉強をしたからといって誰も犠牲にはならないでしょう。飛び込みなさい。人生に。ランセ・ラ・ヴィ、よ。」― この婦人の言葉とアクロバットのポーズが私を勇気付け異国での勉強を決意させた。
 人間が風土により国民性を与えられ、限定されるとするならば、風土による限界や境界線を超え、新たに眠っている感覚や考え方を目覚めさせられることが異国で勉強をしている恩恵であると思う。「ランセ・ラ・ヴィ」― この言葉通りの生き方に近づいているかどうか定かではないが、心の奥にこの言葉を仕舞いつゝ、残りのフランス留学を通し、自からを開拓し高まりたいと切に願っている。



題名:英国へ来て一番辛く、又嬉しかったこと
名前:長谷川 たかさん
国名:イギリス

 1990年秋72才の英語も話せぬ私が一人息子の勤務の都合で彼の家族共々俄かに英国へ移りました。言葉の通じぬ事が一番心配でした。数日後、息子が入国手続の為、警察へ連れてくれましたが途中よりお腹が痛み出し次第に激しくなりました。警察の受付は金網が張られ書類を出し入れするだけの窓口があり、その向うに厳めしい顔の大きい警官が立ち、行列して待っている入国人に対し厳しい句調で何やら話し緊張した雰囲気が漂って居ました。私は益々激痛になる下腹の痛みに辛棒し切れず、呼吸をする度に下腹を力一杯引締め必死でした。行列中の息子に「トイレを尋ねてくれ」と頼み彼が警官に尋ねましたが「トイレはない」との事、彼に「暫く辛棒してなさい」と言われましたが、もう我慢も出来ぬ限界です。丁度その時彼が忘れ物を取りに外へ出て行き独り残された私の心に咄嗟に勇気が湧きました。「警官も同じ人間だ!幾ら英国でも人の住む処にトイレのない筈はない!」と。もう必死でした!下腹を押え、よろよろと窓口へ進み厳つい警官を涙一杯の眼で息苦しく見上げ、私は夢中で叫んでしまったのです。「トイレット・ナッシング?」瞬間、警官の恐ろしい顔が急に優しい眼で私を見下し、同時にビーとブザーが鳴り今迄頑丈に閉ざされていた横の扉が開きました。私は怒られるのでは、と恐くて思わず眼を閉じました。ふと誰かが私の脊を撫で、手を握られ驚き、見れば先の警官でした。私を覗き込み「オーラァイ」と優しく言って中の廊下へ静かに私を導いて左側の扉を開けてくれました。なんとそこは「トイレ」でした!本当に嬉しいでした。にっこり笑って下さった優しい顔が忘れられません。とてもとても酷い下痢でした。その後、冷汗と涙で汚れた顔を拭き私は生き返った心地で受付へ戻りました。彼がにこにこと近寄り再び「オーラァイ」と優しく握手して下さり、私は一つ覚えの「サンキュー」を繰り返し丁寧にお辞儀をし、言葉の通じぬ異国の方の親切に只々胸熱く感謝致しました。



題名:素敵な休日の過ごし方
名前:榎本 恭子さん 16歳
国名:フランス

 度々訪れるフランスの週末。私が過ごした素敵な休日とは…
 朝、香ばしい匂いを放つパン屋へホームステイ先の子供と家を出る。外に出ると、いつもとは違い、みんなのんびりとした雰囲気。できたてのバゲットとクロワッサンを買って、ちょっと寄り道と花市に顔を出す。新鮮な光を浴びた花々は、あふれんばかりの魅力で歓迎してくれ、思わずテーブルに合う花を10Frcばかり買ってしまう。家では、ムッシュが庭にテーブルをセットし、マダムはカフェやショコラを用意している。温かい陽差しの中、今日一日の話にも花が咲く。芸術の町パリに行くときもあれば、ちょっとした田舎の農園に行くときもある。今日は、庭に生っている果 物を使って、ジャムやケーキづくりだ。
 私とマダムが果 物を摘んでいる間、ムッシュと子供は、お昼の材料を買いに朝市へ出かける。優しさに満ちたこの一家と、ここでの情景はまるで絵本にでも出てきそう。そして、普段勉強などに追われ、忘れてしまった何かに気づくとき、それが休日。この休日もこの地でしか味わえない独特のものがあり、心を落ち着かせてくれる。本来、人の必要なものは、このような環境や雰囲気ではないか、と実感しています。
 そのうえマダムの手料理は、毎回驚かされ、オリジナリティーにとんだ最高の家庭料理。しかも、季節のものをふんだんに取り入れ、本でも出したらベストセラーに選ばれそう。まさに自然を活かした料理と、自然に溶け込んだような生活は、ほのぼのと暮らす彼らの習慣であり、日本では体験しがたいと思う。
 地球上では、私の知らない様々な『休日の過ごし方』があるのでしょう。しかし、フランスの地で知ることのできた休日は、私の貴重な財産。フランスで暮らしているからこそ分かる休日と何気ない体験は、新たな自分を発見する鍵になってくれそうです。

 



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