題名:私の『梅干し』に対するこだわり

名前:坪井 淳子さん 13歳

国名:コート ジ ボアール

 「梅干し。」日本ではどこのスーパーにも売っているたいして興味も引かない物だ。しかし私達のように海外に長い間住んでいる人は不思議とこの食べ物に惹かれていく。「梅干しは月一個。」これが坪井家の決まりだ。来たばかりの当時この決まり事は堅く守られ、特別な事が無い限り、月一個だった。田舎者の私達は毎日当たり前のように食べていた梅干しが懐かしくて恋しくて、「梅干しを食べる日」まで指折り数えて待っていた。当時の私達にとって「梅干し」イコール「故郷の懐かしい味」であり、日本にいる祖父母を思い出された。今では度重なる一時帰国と海外旅行などの買い出しで梅干しに余裕が出て、今では月一個と限らずにいつでも食べている。私は口の中にあの酸っぱさが広がった瞬間、「生きていて良かった」と思うのだ。
 「梅干し」で私が一番心に残っている事は来たばかりの当時、姉が高熱を出した時に父が自分の「梅干し権」を彼女に譲り、彼女に食べさせて上げた時だ。当時私は小3だった。あの時感じた感動と父の偉大さを今でも思い出すことが出来る。
 最後に一言。スーパーに陳列している梅干しを見たら日本では当たり前の様にある梅干しを海外ではそれを食べることを楽しみに、生き甲斐にしている人達がいると言うことを思い出して欲しい。



題名:海外での生活

名前:平石 典久さん 15歳

国名:ドイツ

 海外に住んでいる人々は心が広く、また個性的な人が多いように感じる。
 僕が日本にいたころは、人の心に何か狭い心というか、固くるしい考え、というものがあった。例えば昔、「ドラゴンボール」という漫画が流行したが、その漫画を知らない人や好きでない人がいたら、その人は仲間はずれにされたり、また、他の人と性格が違っていると仲間はずれにされたり、ひどい場合、その人はいじめられる、などということもあった。僕はそのいじめられる側の一人だった。だから僕はみんなに影響されてだんだん考えが偏っていき、そして心も狭くなってしまったのである。しかし、このドイツに住んでいる人たちは違う。人それぞれが違う考えを持っており、また、趣味の違いや、性格の違いでその人をいじめるなどということはない。僕はこの違いに気付いたとき、自分の心の狭さと、彼らの心の広さを感じた。
 そんな暮らしの中で、僕は「広い心」というものを教えられたのだが、なぜ海外に住んでいるというだけでこうも、人々の考え方や心の広さが違ってしまうのだろうか。それは日本人の個性のなさと関係があるのではないだろうか。日本人は自分なりの個性を育てようとはせず、必ず誰かに、趣味や性格などを合わせてしまう習性があるようだ。みんなと違って個性的なのはおかしい、という考えを持っている人が多いようだ。だから個性を持っている人は仲間からはずされ、しまいにはいじめられるのだと思う。しかし、ドイツの人々は、誰かに趣味や性格を合わせるなどという習性もなければ、個性的なことをおかしいとも思わない。むしろ、足元から頭のてっぺんまで体全体が個性そのものといったような人が多い。だからいじめなどは起きない。
 海外に住んでいる人間は日本の中では思いもよらない考えや行動パターンを知るので心も広く、個性を尊重するのだと思う。



題名:ハロー、マイネームイズナオ

名前:森田 奈緒さん 15歳

国名:スイス

 小学校三年から五年の終わりまで私はカナダのマニトバ州に住んでいた。日本人が全くいないので日本人学校などあるはずがない。仕方なく近くの現地の学校へ通い始めた。でも今思えば現地校に通った事が私の考え方を変える事になった。そして今、私はスイスの日本人学校にいる。
 カナダに住んでいた頃、私はとてもオープンな気がした。友達と早く普通の会話が出来るようになりたいという気持ちを持っていたので、積極的に友達と話すようにした。話すと言っても最初は、何を相手が言っているのか分らず、「ハローマイネームイズナオ」とオウムみたいに繰り返しているだけだった。時にはからかわれたが、友達と話している内に言葉を覚え、自然と口から英語が出るようになった。言いたい事をはっきり言う、相手が親友であろうが先生であろうが。納得いくまで話し合う。自分が間違っていると発見したら、すぐに「ソーリー」と謝り、自分が正しいなら相手が折れるまで粘る。けんかをして口をきかない日が続く時もあるが、もやもやがなくなりすっきりする。
 それに比べて日本の社会は閉じている。その影響を受けてか自分の中に「積極性」がなくなって来た。堂々と道端でスイス人と会うのが恐く、さける事が出来ないかと最近私は考えてしまう。 又、自分の気持ちにウソをつく。相手が傷付かぬよう考えてから話すから。抜け出したい、この様な社会から。 自分の気持ちにウソをつかないで、言いたい事をはっきり言える「社会」を私は作り出したい。いや、「したい」ではなく「する」のだ。
 高校生になったら出来れば留学したい。そしていずれは、思い出が沢山ある私のもう一つの故郷、カナダで暮らしたいと思う。



題名:海外での生活

名前:亀島 彩さん 13歳

国名:スペイン


 私がスペインへ来て8年以上もたった。私がスペインに来たのは、まだ4歳の頃だ。それから今年の3月までトルトサという町の現地校へ通っていた。だから、私の生活は、ずっとスペイン人の様なものだった。
 だけど、今年の3月の中ごろに、私はバルセロナにやって来た。もうすぐ日本に帰るから、できるだけ日本人として知識をつめこみたい。日本語もろくに話せなかった私が日本人学校に来た理由がそれだった。
 初めての学校は、分からないことだらけだった。一番私にとってつらかったことは、やっぱり勉強だった。スペインの勉強しかしてなかった私にとって日本の勉強は、かなりきつかった。だけど、私は自分なりにがんばったと思う。分からないことがあったら、休み時間に調べたり、友達に聞いたりして、とことん追求した。
 勉強の他でつらかったことは、日本の行事などだ。そんなことに対しては、とてもショックをうけた。私は日本のことを、何一つ分っていなかったのだ。行事なんかは、十あればその一つくらいしかしらない。一人であたふたしてかなり自分に自信をなくした。そんな時力になってくれたのがこの学校で出来た、「友達」だった。私を元気づけてくれて、力になってくれた。そんなことがあって、私は学校に行くのが楽しみになった。
 実は、私が入学式の日に考えたのがこれだった。「テキトーにやってみよう。日本人はいい人達だと聞いているけど、トルトサの人達みたいに仲よくはなれるわけがない。」
 でも、日本人は本当にいい人たちだった。たしかに、トルトサの人たちに比べると、もじもじしたり、そんなに明るくはなかったけど、私はこの人達が大好きになった。
 こんなことを経験して、私は前より日本人になれたし、強くなれたので、もっとがんばろうと思う。

 



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